SHOP BLOGアソビねっブログ

カウンセリングルーム J-Fairyのブログ

人生を振り返ってみます⑦


磨くきっかけをもらった私の動きは


もう止まらなくなっていました。


自動的に自分の世界が変わっていくスピードが


速くて速くて・・・♪


ぎゅーっと詰まった密度の濃い時でした。


人生を振り返ってみます①②③④⑤⑥



それから・・・子どもたちが成長していく段階で


家庭の中だけじゃなく


地域・社会の中にも入っていく機会が増えて


人間関係も恐ろしく拡がりました(笑)


この時期に私の素地を改めて認識し、


変えたいとの想いが強くなりました。


人の成長は人との関わりの中で


いろんな顔(性質)の自分を出しながら


今までの自分より少し多くの力を出す機会を与えられ


自分の能力を自分で発見し


可能性を見出しながら変わっていくんです。

また人に求められることで自分を知りますね。



私の場合は順調にはいかず試行錯誤の連続


さまざまな試練もありました。

必要以上に攻撃的になったり


逆に閉鎖的になったりしたこともありました。



そして、私は幼い頃より


顔の表情とこころの表情の差がある人が分かりました。


大人になると相手の心の声をハッキリと受け取るので


実際、私は何もされてもいないのに


最初から線引きをして、


敢えて関わらないようにすることもありました。


言葉が聞こえるわけではないんですが


直感的に受け取るので、感覚がやってくると


私の動きが一瞬自動的に止まるんですね(笑)


何故なら、頭では否定したいから。


新しく拡がった人間関係は


楽しくもあり恐くもあったのです。



そして、


こころの表情とは誰しも当たり前に持っているもの。


それを私目線で判断して勝手に線引きしていること。


分かっていながら、


今まで培ったクセで直ぐに反応するんですね。


(今でこそ、


面白くウォッチングしたりスルーしたり出来ますが)


この頃に、


今、仕事としていること・・・


自分と向き合うことを真剣に学んでいました。


その間にも自分の嫌な部分を見つめ


ヘコタレそうになりながら・・・


自分を変えたいとの想いが私を突き動かしました。



それは私自身が大切だから。


そのまんまの私がいることが大切だから。



そして


私と同じように前を向くことを望んでいる方が


大勢いらっしゃるんですよね。



私にも、何か出来ることがあるんじゃないか・・・


やりたい


やってみよう


そんな時に、またもや病気が見つかりました。





サロンでは企業さまイベント&ワークショップの出向承ります。


また


3名様以上の人数が集まりましたら、お好きな日時で


出張致します。


お気軽にお問合せ下さい。




11月前半のご案内⇒☆ ☆ ☆


MENUはこちら⇒☆ ☆ ☆


つらつら書きfacebookもどうぞ⇒♡♡♡


カウンセリングルーム J-Fairy


 携帯 090-7741-6401


 mail hahaha.jun1216@gmail.com




人生を振り返ってみます⑥


磨きをかけることは痛みが伴うこと。


普通なら時間をかけてゆっくりと進むのでしょうが


私の場合は集中型(笑)


そうでもしないと気付かなかったんでしょうね。


強くあること


独りあること


カラ元気であること


幼い頃から身に付けたものを


私らしくあるために磨くきっかけになった時期です。


人生を振り返ってみます①②③④⑤



ある時・・・



たまたま一番目の子の表情を見ていて


一瞬にして凍りつきました。


それはチック症状のような引きつりがあったんです。


私が原因だ、どうしよう、と混乱しながら


発達外来への受診を予約しようとしました。


本来なら初診までに数日かかるところを


初めて連絡を入れる私の慌てように


doctorは空き時間に来るよう言って下さいました。



すぐさま行くと、子どもの様子をみて・・・


この子には両ほっぺに笑窪ができるんだね、


神様からのプレゼントだね


可愛いね


この子の症状は、


この子なりの緊張をほぐす為にしていること


大丈夫、全く心配ないよ、と。


そして・・・


お母さん、よく頑張っていて偉いね、と。。。


泣きました、声を出して泣きました。


私が一生懸命やっていることを


認め言葉で褒めて貰えたんです。


初めてお会いした


doctorからの言葉すべてが温かくて


感謝の気持ちでいっぱいに。


と同時に、肩の力が抜ける感覚があって


ため息とは違う深い呼吸が出来ていたんです。


その後、暫くで子どもの症状は消えました。



呼吸が楽に出来ることは


体がゆったりとしていること。


体がゆったりしていると


感情も柔らかいんですよね。


この体感はとても重要なことでした。


母という存在は強くないとダメだ、との気持ちから


私は自分独りで抱え、やらなきゃ!と思いつつ


心も体も頑なになっていたんです。


伝えれば、


助けの手は沢山あったのに。。。


結局は認めてほしかったんですね。



カウンセリングルームに来られる方にも


そのような経験を話してくださいます。


そして


違う角度からみるキッカケを探しに


お越しになります。



私にとっての育児の苦しさは


自分を肯定することへの投影だったようです。



サロンでは企業さまイベント&ワークショップの出向承ります。


また


3名様以上の人数が集まりましたら、お好きな日時で


出張致します。


お気軽にお問合せ下さい。




11月前半のご案内⇒☆ ☆ ☆


MENUはこちら⇒☆ ☆ ☆


つらつら書きfacebookもどうぞ⇒♡♡♡


カウンセリングルーム J-Fairy


 携帯 090-7741-6401


 mail hahaha.jun1216@gmail.com




人生を振り返ってみます⑤


私という人間の基礎ともいえる頃の話を


書かせていただきました。


人生を振り返ってみます①②③④


これから、基礎が出来上がった私を


磨こうとする頃の話です。



*私の転機*


母の調子が少しずつ良くなり


甥や姪の成長を喜ぶような


ゆっくりとした時間の流れを


感じられるようになった頃


私は結婚しました。



婚約時期に婦人科系の病気から


結婚直後から長く辛い不妊治療をスタートさせました。


排卵誘発剤の反応が激しく、


いつも身体が自分のものじゃない感覚がありましたが、


主人への申し訳ない気持ちから頑張っていました。


4年が過ぎ・・・


もうこれでお終いにしようと思った時に


やっと授かりました。



妊娠中は初期より安静が必須でしたので、


図書館で本を借り長い時間を過ごしました。


その時によく読んだのが、自己啓発本の類。


親になりたかったくせに、


親になる自信がなかったんですね、


指針となるものを探していたように思います。



初産がツインズで新米母の私はパニックでしたが


母に頼ったら倒れてしまうんだろうな、と思い


出産退院後に実家には戻らずに、


主人の手を借りながら必死に子育てしました。


奇跡的に直ぐ3番目を授かりましたが


ツインズが歩き始めるころに


新生児を見ることの大変さは


想像以上でした(笑)。



また


一番目と三番目にアトピー症状があり


特に三番目は、生まれて間もないのに


寝ることもままならない程の酷さ。


まるで「私をわかって!」と


ムズガリながら泣き叫ぶ声に


明け方の暗い部屋で私も一緒に泣く始末。


それでも


睡眠不足になりながら


朝夕に自宅で温泉入浴させたり


眠っている間はアトピーの本を読みこんだり


良いといわれることは試してみたりと


毎日が息つく暇なく過ぎていく。。。



心配性の母が酷いアトピーの孫を見たら


それまた倒れてしまうんだろうな、と


なんだかんだと理由をつけて


母を近づけませんでした。



もう毎日、


早く大きくなって!きれいになって!と、心の中で叫び


日々の小さな感動なんて無視状態。


さいわい三番目に関しては


信頼できる皮膚科のdoctorとの出会いから


上手に薬と付き合いながら治療しました。



そんな時、


思いもよらず婦人科系の病気が見つかり


初期段階で処置をしたので


大事には至らなかったのですが、


その後何年も定期検診が必要になりました。


自分への配慮は一切しなかった結果です。



そんな中で母のことで気づいたこと・・・


それは人の悪口・噂話をしないことでした。


あれだけ攻撃された祖母に対しても


口ごたえすることはなく、


笑いながら小さな愚痴を言うことはあっても


陰険な悪口を耳にしたことがなかったんです。


その代り、


波風立てないようにする技は・・・口を閉ざすこと。


ずいぶんと溜め込んだ感情が


病気を引き寄せるんだな、と理解しました。


同じような立場になってやっと気づくこと、


沢山あるんですよね。



子どもたちが保育園へ通う頃には


怒りながら眉間に皺を寄せながら


子どもの相手をする私でした。


せっかく生まれてきてくれた


子どもたちを尊重しないうえに


自分の想い通りコントロールしようとした私。



私が家の中でイライラしながら


家事育児をするわけですから


家庭の雰囲気がよくないことも察するんです。


自分の想像する家庭ではないわけです。


嫌っていた幼い頃の家庭の雰囲気が


漂っているんです。


主人にもよく怒られました。


その時に、


お腹の中では反抗する自分が居るのですが


口ごたえはしないんです。


すると主人は、


信用されていないと感じると言うんです。



いったい私はどうしたらいいのか・・・


自分でわからなくなっていました。


独りで何もかも背負い込まなくても良いのに


全部しなきゃいけないと、リキんでいたんですね。



今じゃ到底考えられないですけど(笑)



このあたり少しきついですが・・・もう少し書きますね。




サロンでは企業さまイベント&ワークショップの出向承ります。


また


3名様以上の人数が集まりましたら、お好きな日時で


出張致します。


お気軽にお問合せ下さい。




11月前半のご案内⇒☆ ☆ ☆


MENUはこちら⇒☆ ☆ ☆


つらつら書きfacebookもどうぞ⇒♡♡♡


カウンセリングルーム J-Fairy


 携帯 090-7741-6401


 mail hahaha.jun1216@gmail.com



人生を振り返ってみます④


自分の経験は自分だけのものです。


他からみたら別段のことはないと思っても


当の本人には大切なことです。


受け取った自分の感覚から


人は成長していくんだと思います。



前回まで①②③




*さまざまな変化*


私が小学生高学年の頃に、


母は婦人科系の病気により長期入院をしたり、


そのあとにも内科系外科系の病気や怪我をして


短期入院・自宅療養の時間が多くありました。


常に私の傍にいた母の不在は、


とても寂しいいものでした。


また、


大好きな祖父も病気から体が少し不自由になり


祖母が介護することでのストレスを


病み上がりの母に


八つ当たりする図式ができた家の中は


私に孤独の感触を


嫌というほど味わわせてくれました。



めっきり気弱になった母は、


定年退職まで残り数年という時期の父に


仕事を辞め自宅に帰ってくることを強く求めました。


昭和ひとけた生まれの男、仕事人間です、


父も苦渋の決断だったと思います。


早期退職し、


家で生活するようになった父でしたが


今までと同じく仕事漬けで、


時おり顔を合わせるだけでした。


それでも


父が家に居るという状況が


母を安心させていたようです。


そのうちに


少しずつ私を必要とする母が居なくなりました。


必要とするときは、母が気弱になった時だけ(笑)



私が高校生の時には、


母は今でいう更年期が酷く、よく寝込んでいて


そこから6.7年かな・・・


私が社会人になって少し経った頃に、


その時期はやっと終わりました。


母が寝込むと、とにかく家の中が暗い。


またか・・・と、よく溜息をつきました。


寝込んでいる時には


私は家事全般をこなし、


母の前で明るくテンション高く振舞う。


すると気分転換になるのか、


少し元気になり動けるようになるのです。



母という存在は家族の中心で


明るく強いものじゃないとダメだな、と


よく思いました。



また


自分のことで決めなきゃいけないことは


相談せずに独りで決めました。


自分の中で、2番手3番手の問題は


口からすんなり出て来て話せるんですが、


主訴となるものは、


なかなか誰にも話せないんですね。


この部分は、今、


カウンセリングの学びを深める中でも


とても感じることです。


友人にもクダラナイことは話せても、


大事なことは話せなかった当時の私でした。



家庭に目が向いていない父と


自分のことで精いっぱいの母には


頼れないと思う自分がいたのです。


でもそれは・・・


私が自分で決めることを選択してきただけで


相談すれば、


それなりに一緒に考えてくれたと思います。


自分のことながら独りで背負い込むことは、


苦痛に思うこともあり、


ここでも孤独感を味わうのです。


ただ、以前と違うのは


独りでいることの安堵感を覚えたこと。


孤独とは決して否定的なものだけではなく


自分の内側を見つめる良い機会となる感覚を


この時期に捉えることになりました。



独りでいることは、私にとって大切な時間です。


この時間に力を蓄え、


必要なものを見つけることが出来るんだと思います。




次回は・・・少し時間軸を飛ばして書きますね。



サロンでは企業さまイベント&ワークショップの出向承ります。


また


3名様以上の人数が集まりましたら、お好きな日時で


出張致します。


お気軽にお問合せ下さい。




11月前半のご案内⇒☆ ☆ ☆


MENUはこちら⇒☆ ☆ ☆


つらつら書きfacebookもどうぞ⇒♡♡♡


カウンセリングルーム J-Fairy


 携帯 090-7741-6401


 mail hahaha.jun1216@gmail.com



人生を振り返ってみます③


過去を振り返り、包み隠さず文字にすることは、


やはり勇気がいることです。


じゃ、書かなきゃいいのに・・・その通り(笑)


それでも今があるのは、過去があるからなわけで。


自分の内側の変化は外側の変化になり


外側の変化に気付くとともに


自分の内側の変化を自覚する。


この繰り返しで成長があるんですよね。



前回まで①②



*母について*


幼い頃、夜の入浴から就寝までは


常に私を傍に置いて母は語りました。


兄姉の幼い頃の可愛さや性格の良さ


兄姉がいま頑張っていること、など。


今にして思えば、誰にも話さない内容を


私を相手に話したかったんだと思います。


逆に・・・私に対しては、


悪いことをしちゃいけないとか、


あれはダメこれはダメ、


といった類いの言葉しかない。


兄姉を一生懸命子育てをして、


少しブランクがあって生まれた私に対して


余裕からの・・・私は完全なる母の話し相手。



一応、私もあなたの子どもなんだけど、


少し褒めてもらえます?!と、


今の私なら言い返してるでしょう(笑)


その時の私は、


自分が悪い子だとは思っていないにしろ


母の言うことは暗示のように私の頭の中に


確実にインプットされていきました。


母から肯定されたという感触がなかったんです。


私に対しての言葉はなくとも、


認めているからこそ


話し相手にしていたんでしょうが、


幼い私には解るわけもなく・・・


いつも母の言葉を必死で聞きながら


母の満足そうな顔を眺めながら


私のことを見てほしいという想いより


どうしたら母の満足する状態になるのか、と


小さな頭の中で考えていたように思います。



影響力のある存在から


自分を肯定されずにいることは


自分を自分で過小評価してしまいます。


自分なりに精いっぱい頑張っていても


周囲から評価を受けたとしても


いつまでも納得できない自分がいます。


肯定されなかった経験がそうさせるもの。


でも、この経験をもとに試行錯誤しながら


頑張ることや


MAXの力を出すことの大切さを知り


自己肯定の大切さを


理解できるようになっていくんです。



もう少しだけ・・・学生時代のこと書きますね。



サロンでは企業さまイベント&ワークショップの出向承ります。


また


3名様以上の人数が集まりましたら、お好きな日時で


出張致します。


お気軽にお問合せ下さい。




11月前半のご案内⇒☆ ☆ ☆


MENUはこちら⇒☆ ☆ ☆


つらつら書きfacebookもどうぞ⇒♡♡♡


カウンセリングルーム J-Fairy


 携帯 090-7741-6401


 mail hahaha.jun1216@gmail.com