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エリザベス洋装店のブログ

白州正子と越知山part2.

実は13年前、白州正子がまだ生きていたころ、彼女から泰澄塾に直接電話をいただいたらしい。泰澄大師にとても興味があるので、ぜひご一緒に越知山に私を連れてってほしいという内容だったらしい。しかし体調が急変して代わりにマネージャーの方がいらしたらしい。もし彼女が今でも生きていたなら、越知山を取り巻くイメージは絶対変わっていたと思う。サントリーのウイスキーのtvコマーシャルで、朝日町の八坂神社の十一面観音と白州正子が使われていたのをご存知ですか。1300年前、泰澄大師は十一面観音を日本全国に広めていった割にはまだまだ一般の人にはしられていない。白州正子いわく、泰澄大師こそ日本文化のルーツだといっていたのに。越知山の住職、大谷義鷹さんによると、白州正子さん本人は直接、越知山にこられたらしい。そしてあの囲炉裏に座って住職とどんなお話をしたのだろうか。興味は尽きない。

白洲正子と越知山part1

今年の2月、フェーン現象で異常に暖かい晴れの日、本当の本物を見極めた最後の日本人、白洲正子<1910-98>と白洲次郎<1902-85>が住んでいた旧白洲邸<武相荘>の近所の方が生地を買いにこられました。町田の方で、横浜から東京まで戻って、上の発の夜行列車に乗って、朝福井について、養浩館へ行くのにエリザベスの前をとおりかかりお土産にマフラーにするのに3枚のハギレを買ってかれました。武蔵と相模の国境にあることから、夫の次郎が無愛想にかけて<武相荘>となずけた家を正子がなくなった3年後に一般公開された。なんと生前彼女が着ていた着物で作った袋物が、300円から3万円まで売られていたというのが、いかにも彼女らしいエピソードです。

弘田三枝子の渚のうわさが気になってpart,2

翌年ニッポン放送でオールナイトニッポンがはじまり、当時ヘビーリスナーだった私は福井でキャッチできる洋楽はすべてノートに書き記した思い出があるというのに、なぜか近頃歌謡曲の弘田三枝子のこの<渚のうわさ>がいやに気になって仕方がない。しかも今聞きなおすと、これから次の大きな時代に向かってうごめく、何かしら大きなメッセージを秘めた不思議な楽曲のような気がする。きゃっちーなオーケストラ導入部分の音魂に引き込まれると、もうそこはシャウトする弘田三枝子のワンダーランド。男の子のようなボーイシュな女の子が女に変身する寸前の変貌する様が今の次の時代に変化するのとシンクロしているみたい。

弘田三枝子の渚のうわさが気になって、vol.1

明道中学校1年生になったばかりの国語の授業時間中、谷口潔子先生に呼ばれ、<あとで音楽室に来なさい>それが先生との出会いのスタートだった。今でも夢の中に時々現れ、あの世で今でも霊界混声合唱団の指揮をしているようなのですが、先生に見初められて合唱団に入った1966年という年は実に今思い出してもすごい年だったような気がする。まずはbeatlesの日本公演。来日してもう44年もたつなんて信じられない。そのときは気にも留めなかったが、今頃そのときはやった曲で気になるのがある。弘田三枝子が整形手術をする前に出したシングル版、<渚のうわさ>(the end of summer)/<風とおとこのこ>(crying window).その当時ヒットした曲を聴くと、その時代のにおいや、湿った空気感がまざまざとよみがえってくるから不思議だ。

日本の滅亡を描いた野馬台の詩VOL.2

野馬台の詩とは,五言十二韻二十四句の短い詩だが、これだけの詩が日本社会を震撼させるほどの力を持っていたのだ。谷が埋もれ、貴人が逃げ惑い、魚が突如羽を広げ飛び回り、下克上がおきる。白竜が水を失うように王の威が衰え、黄色い鶏が人に化わって食し、世の中の秩序は崩壊する。天皇が百代で週末を迎えるという。星が野外に流れとび、不安は絶頂に達する。荒廃した大地、世界は崩壊し、すべては無に帰して世は終焉を迎える。栄枯盛衰、盛者必滅。時代が変わろうとも、またこの詩が脚光を浴びるのは、そうとうくないと思う。