SHOP BLOGアソビねっブログ

エリザベス洋装店のブログ

足羽山、八幡山は金山だった。パート2

足羽山の隣の八幡山の西谷地区も金が取れたので知られている。そしてお隣の泰澄の出身地(三十八社)から北2キロの杉谷町にも有名な金山がある。地下のマグマだまりに溶けた金鉱石の成分を含んだ熱水が近くの割れ目を伝って上昇する中で固まってできる。だから小さな丘みたいなところでも金が取れる可能性はあるのだ。白山の西側は金山の宝庫といわれている。足羽川流域、いわゆるうさか地区ではどこから金が出てきてもおかしくないのだ。5年前の洪水のせいで足羽川流域の川底が洗い流されて川底から次々と砂金が発見されている。越前高田のブルーライトホテルの後ろ側や、、、、、。後は皆さん自分で探しましょう。足羽川流域で取れるお米や鮎がおいしい理由は川の水に金の成分が含まれているというのは有名な話なのです。

足羽山、八幡山は金山だった。パート1

江戸時代末期、福井が生んだ偉大な文人に、橘曙覧がいた。曙覧は橘諸兄の子孫にあたる名門の血筋を引いている。橘諸兄の母は橘三千代といい、光明皇后の母でもあり、藤原不比等の妻でもあった。不比等は中臣鎌足の子でもあり、聖武天皇を産んだ藤原宮子の父でも会った。橘諸兄の孫に当たる藤原仲麻呂(恵美押勝)が泰澄大師を招いて建立したといわれる持宝院の塔頭に松尾寺があり、ここに護摩堂、および五重塔を立て、橘屋の先祖を奉っていた。その護摩堂は現在朝日山不動寺となっている。実はそこは金山跡でなっかったかという説を唱えている人がいる。

日本の女性を幸せにする会

先日、朝倉遺跡の夜桜からパワーをもらったというお客さんと同じポーズを、tvでベツキーが日比谷公園のパワースポットの大木の前でやっていました。両手を広げて、こんなに立派に咲いてありがとうと感謝の念を送るとやはり体がじわりじわりと感じるといっていました。そのお客さんは鳥取の出雲大社で日本の女性を幸せにする会に入っているというので、ふっと思い出したのは、1300年前、あの泰澄大師も出雲で嫁さんを紹介され、出家した身なので結婚するつもりはないと断っても、すでにこの女性が相手なのですとしつこかったので、弟に紹介したという話が伝わっています。越知山頂の太師堂も縁結びの神様が祭ってあり、ここで縁を結び結婚できたと言う人がいます。江戸時代には、年間数万人の人が日本全国からおまいりに来たというのに、明治に入って廃仏毀釈でまったく人が来なくなってしまった。日本の女性を幸せにするには、やはり男が強くならなくてはいけないのですかねえ。

福井産の生地がイギリス映画に出ていた

ずいぶん前になるのですがメトロ劇場でイギリス映画の嘘と秘密というちょっとシリアスな映画を見ていたら、なんと当店で扱っている生地が女優さんのブラウスになっていたのに気がつきました。色はアイボリーのしなやかで薄手のベルベットジョーゼットです。たしか女性カメラマンの役でしたので、行動的だけど女性らしいしなやかでたおやかな美しさが出てました。後で調べたら、なんと今庄のテキスタイルで、コムでギャルソンが作ったブラウスらしく、あの風合いは絶対無比のしたたかさがありましたから間違いないです。今、当店でお勧めの夏生地はイタリア製のコットンデニムジャガードで、w幅ー2.5m、着分68,000円を、たったの10,000円でご奉仕させていただいてます。白地に薄い唐草模様で、風合いはとてもひんやりしていて、一重のパンツスーツやノースリーブのロングワンピースにぴったり。ほかにイタリア製で、絹50、綿50の薄手のもあれ柄で、ピンク、オレンジ、グレイ、茶、ブルーと5色合って、ピンタックのロングブラウスが抜群の生地があります。何れも風合いは抜群のテキスタイルなのでほかでは手に入りません。これも値段は同じです。よろしく。

松平春嶽と三井家

三井家の初代は1673年、江戸に呉服屋を開店し、屋号を越後屋とした。幕府のご用達となり、一般大衆からも大きな支持を受けた。円山応挙が専属の絵師になり、明治に入って政府と深いかかわりがつずき三越となった。松平春嶽の孫娘が三井家に嫁入りのときに、おじいちゃんのぼかしの藍染めのすばらしい麻の着物を結納の一部として持参したが、今見ても遜色のないすごい衣装だ。