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エリザベス洋装店のブログ

神が仏になる時 vol.4

私はあまり売れない自分の作品を作りながら仏像の売買のおかげで生きながらえてきたようなものだが、90年代になって、やっと順番が回ってきたのだろうか。作品が売れるようになったのだ。こうして私は人のために仏を買うのをやめた。そして美術館に納めることもやめてしまった。つまり世のため人のためには仏を買わないことにしたのだ。世のため人のためは気が楽だ。それは自分が果てしなく広がる因果の鎖のただひとつの鎖の役割を果たしているに過ぎない。と思えるからだ。しかし自分のために買うとなると話はだいぶ違う。私はその因果の鎖につながれてとらわれの身とならなければならないからだ。私が抗いようもない力、自分を説得する必要のない自明、それを指名として受け入れざるを得ない気配。そんなものを感じるとき人はそれを間がさしたとでもいうのだろう。こうして私は久しぶりにこの十一面観音像を買ってしまった。この観音像はヒノキの一木作りで顔の表情が限りなく神像に近い。特にきりりと結んだ唇の表情にそれが伺える。不思議なのは頭上にいただく九体の化仏<けぶつ>と頂上仏の顔がすべて省略されていることである。私は初めてこの像を見たとき不遜な考えを起こしてしまった。仏師がこの仏を彫っているときに命脈が尽きてしまって完成にいたらなかったか、もしくはこの仏を発願した寄進者が完成間じかに資金難に陥り化仏の完成が放棄されたのかもしれない。しかし私はすぐに思い直した。私は時代の価値観に毒されている。

神が仏になる時 vol.3

そうこうしてるうち、またある日今度はとおくのほうからリズミカルに太鼓をたたく音がちかずいてくるのが聞こえた。黄色い袈裟を着て団扇太鼓をたたき南無妙法連華経のお題目を唱えながら近づいてくる。我が家の地蔵菩薩像の前でひときわ声たかくお題目を唱えた。聞いてみるとインドに仏塔を建てる前に勧進をしているのだという。彼は日本山妙法寺に属していた。日本山妙法寺は戦前に満州で藤井日達によって起こされた教団である。その後ガンジーの無抵抗主義の影響を受けた。ある種過激な日蓮主義者の集団である。日蓮主義者には私の興味をそそる人物がたくさんいる。宮沢賢治、北一輝、鎌倉時代の日蓮が立正安国論を唱えて亡国の危機を訴えた心情と戦前の日本の政治状況とは似たところがある。そんな話をこの日蓮主義者の若者と話をしていると今度はクリシナ経の若者たちが踊りながら鳴り物入りで町を練り歩いている。私は今度は踊念仏の一遍上人のことを思い出さざるを得なかった。あの時代のニューヨークは私にはまるで日本の鎌倉新興仏教の時代が再来したかのように感じられた。

神が仏になる時vol.2

ニューヨークというところは流れ仏に限らず生身の流れ人が流れ着く場所でもある。その筆頭が芸術家といわれる人種であろうが宗教家も多い。勧進聖というのか托鉢僧というのか、僧形で墨染めの衣をまとい時折わが家に仏像を拝みに来る僧がいた。本人いわく高野山で修行をした密教僧であるという。この僧にあの流れ仏の話をしたところ仏像を美術品にするには仏の魂を抜く儀式が必要であるという。そこでわが家にあった藤原期の地蔵菩薩一体と石仏数体が集められひそかにお香がたかれ印が結ばれて読経の儀式が始まってしまった。私にはどうも腑に落ちない感が残ったが仏は魂を抜かれてしまったらしい。気の抜けないやつだと思いつつも薄謝を渡してお引取り願った。

神が仏になる時vol. 1

杉本博司の現<うつつ>な像という本にすごいことが書いてあったのでここで紹介します。私はある日福井の小さな骨董屋で仏像のかなり大きな残欠を見つけた。顔の左側三分の一が割れて失われ、袈裟懸けに切られたように肩から背中にかけて割れてしまった胸と顔だけの流れ仏である。その像が坐像だったのか立像だったのかも定かではない。私は起き上がることもできなくなった重病人を支えるように台座をつクリ、ニューヨークへ持ち帰った。しばらくしてニューヨークでも名の知れた大富豪のお買い上げとなった。イーストサイドの自宅まで届けてほしいという。私は次の日にこの仏像を持参した。そこには驚くべき空間が待ち構えていた。広大な空間の中央には葵の門の入った立派な大名かごが置かれ装飾的な江戸期の金屏風の前で奇妙に調和している。その奥にはギリシャ、ローマ、ガンダーラ、エジプトと彫刻が脈絡なく並んでいる。私は19世紀の植民地主義を思い出したがまた同時に奇妙な即視感を感じた。規制される前のラブホテルの過激な内装とスケールこそ違え同種の空気に満たされていたのだ。私はその仏像をそこに置き去りにすることを躊躇したがもう後戻りはできなかった。その大富豪の死亡記事を新聞紙上に見つけたのはそれから半年ほどたったころだった。私はあの廃仏毀釈の波がペリーの黒船によって先鞭をつけられたことと、あの流れ仏が流れ着いた先の主人の死とが何の因果もないものとは思えない気がした。

宇宙の果てを見ると宇宙の始まりが見える。

どこまでも見える超超超超高性能望遠鏡で宇宙の果てを観察したら何が見えるでしょうか。そんな望遠鏡を作るのは不可能だから、果ては見えないと思うかもしれないかもしれません。しかし、宇宙を研究している宇宙論によれば、理論によって果てに何が見えるかはわかっています。それは宇宙の始まりです。望遠鏡は宇宙や星からやってくる光や電波を観測していますが、光や電波は秒速30万キロメートル<一秒間に地球を7週半進む速度>で伝わり、これは宇宙の最高速度であることがアインシュタインの相対性理論でわかっています。秒速30万キロメートルとは想像を絶する速さですが、ここで注目してもらいたいのは、いくら早くても<有限の速度>であるという点です。到達するのに、それなりの時間がかかります。たとえば、太陽から出た光は地球までの距離1億5000万キロメートルを進むのに8分かかっています。今見ている太陽は8分前の姿なのです。さらに遠くを見てみましょう。宇宙は広大なので星や銀河系までの距離は光が一年かけて進む距離すなわち光年という単位で表します。まず一番近くの恒星ケンタウルス座アルファー星までの距離は4,3光年ですから、4,3年前の姿を今見ているのです。同様に200万光年かなたのアンドロメダ銀河は200万年前の姿、100億光年かなたで発見されているクエーサーという天体は100億年以前の姿です。このように宇宙では遠くを見ると過去が見えるので、もし超超超超高性能望遠鏡で、一番遠くである果てを観測すれば、そこには一番昔の姿である宇宙の始まりが見えるという理屈になります。しかしこれは理屈で終わってもいいのでしょうか。