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エリザベス洋装店のブログ

シュメールと日本をつなぐ十六家紋の謎1by中丸薫

文明の起源といえば一般的にはシュメールです。このシュメール文明と日本の文化が非常によく似ているということがたびたび語られます。その一つとして取り上げられるのが<スメラミコト>という古来天皇を表す言葉がスメル、シュメールから来たのではないかということです。シュメールの遺物には、例えばこれは日本の相撲をかたどったものではないかというものがあったり、各家系に伝わる紋というものがありますでしょう。これなども原型がほとんどシュメールの遺物に残されているとのことです。このような研究をしていたのが岩田明さんです。この方はシュメールの粘土板タブレットに帆船の作り方が残されているのを手掛かりにその4分の一の帆船の実物を作成し、はるかインドから日本へ向けて航海して、古代シュメール船が実際日本にこれることを証明した人です。シュメールからインドまで来ていたことはすでに確かめられていたので、インドから日本への航路を証明したわけです。実際は久米島沖で台風に遭遇し、転覆、ようやくのことで命は取り留めたことが当時の新聞にも載っています。シュメールと日本文明の共通点は、岩田さんの遺された著作からも明らかなことのように思えます。もう一つ別の角度からシュメールを取り上げたのが、ゼカリア、シッチンです。シッチンは、シュメールの楔形文字を読むことができる数少ない学者さんの一人で、その解読結果を発表した著作<地球年代記(アースクロニクル)のシリーズは世界的なベストセラーになっています。シッチンの解説によりますとシュメール文明はアヌンナキという惑星ニビルからやってきた宇宙人種によっておこされた文明です。今の人類は、このヌアンナキが遺伝子操作によって作った人々の子孫です。ヌアンナキは母星ニビルを取り巻く大気圏が破壊され、それを修復するための物質ゴールドをもとめて、はるか地球まで旅してきたのです。彼らにとってもゴールドを掘り出す作業というのは楽な作業ではありませんでした。労働者役を担ったアヌンナキの中に不満がくすぶり、反乱がおこったのです。そこで彼らの代わりを担う労働バイオロボットとして、人類が作られました。人類はアヌンナキとのハイブリッドでした。ハイブリッドには、例えば豊かな感情であるとか美しさであるとか、彼らアヌンナキにはない特徴が備わっていました。アヌンナキの長、エンキはそのような人類に愛着を感じて人類を開放すべきだというような考えを持っていました。ところがエンキに敵対するエンリルは、エンキと異母兄弟だったのですが、そのようなエンキの考えには猛反対だったのです。このヌアンナキのトップ同士の戦いは人類をも巻き込み壮絶だったと伝えられています。核兵器のようなものがつかわれ、壊滅した都市、そこで一瞬のうちに亡くなった人類が多数いたことが伝えられています。そしてシッチンは、アヌンナキはすでに母星に帰還したとしていますが、惑星ニビルに地球接近とともに地球にやがて戻ってくると述べています。それに対して、デーヴィッドアイクという研究家はアヌンナキはかえってなどいない、彼らは地球の低層4次元に身をひそめて、イルミナティやフリーメーソンといった秘密結社を通して人類を操り続けているといっています。

アマテラスはユダヤ人のラビの娘だった2by中丸薫

私は、天皇家の家系図を持っていますが、そこには天皇と呼ばれるずっと前からの天皇の祖先がたくさん記されています。まさに皇祖神であるアマテラスの時代から続く家系図です。天皇と呼ばれる前は、<王>です。ちなみにアマテラスには、一度、天岩戸に隠れて再び出てきたというお話がありますが、それも事実でした。アマテラスの故郷は籠神社ですが、彼女が今、伊勢に祀られています。籠神社の後、アマテラスは宮中にお祀りしようとしていたようですが、あまりに神威が強いため、それにふさわしい場所を探すことになったのが、トヨスキイリビヒメと言われます。しかし、これは不自然です。これを引き継いだのがヤマトヒメです。ヤマトヒメは、アマテラスが持っていた神器を携えて、各地を回りました。これも長い間時間をかけています。そこには出雲族に追われていたのではないかという説があります。神器を奪われないようにと逃げ回って、ようやく追手を逃れ、定めた場所なのです。このようにヤマトヒメもあちらこちらでとどまるのですが、最後に伊勢神宮がある場所まで来たら、<ここにアマテラスをまつりなさい>という霊的なメッセージを受けて、そこに伊勢神宮を立てることを決めたのです。伊勢神宮は、天皇家にとっての総本山という理解で構いません。伊勢神宮の主なお祭りの仕方としては、伊勢神宮の敷地にある猿田彦神社から始まって外宮それから神宮へお参りするのがパターンです。ここで猿田彦をご紹介しておきますと、猿田彦はアマテラスの道案内です。外宮はトヨウケビメが祭られています。トヨウケビメは豊穣の神であり、アマテラスのお食事係です。猿田彦は夫、中丸忠雄の過去世です。なので、私と二人で旅行していると不思議なことがたくさんありました。アメリカを訪問していた時のことです。政治家たちに御呼ばれした場所に行こうというとき、地図なしでボストンにある島の別荘までニューヨークから行くことになりました。5,6じかんはしってくらくなってしまったので、ここをまがろうかとまがりますとついて、、ここはどこですか?>とききますと、<ここです。ようこそ>と迎えられたのです。彼に無理なく導かれていくという体験です。

アマテラスはユダヤ人のラビの娘だった 1by中丸薫

<日本書紀>には、さらに複雑な藤原氏の思惑が隠れています。それは、天皇家を実在したアマテラスとつなげたのに、アマテラス自身も、周辺のエピソードも神話のようになっていることを好都合と、そのままそれを神話として位置づけてしまっていることです。アマテラスは皇祖神と言われますが、あくまでも実在の人物です。ユダヤのモーゼも神のように言われますが、やはり神ではなく、民族の祖先です。いずれも、神としてあがめることは、本当の歴史=真実を隠しているということです。正確な歴史を記してしまうと、自分たちの正当性が記せないといった不都合があったのでしょう。そのために、今でも藤原氏はいったい何者なのかといった真実が見えにくくなっています。私は宇宙からのメッセージを受けて、アマテラスの故郷を訪れてみました。そのきっかけとなったのが、UFOから言われた言葉です。<天橋立にある籠(この)神社に来てください。2機のUFOでお迎えします>と言われたのです。このメッセージを受けた後、私のほうから念じるように<なぜ、そこに行くのでしょうか?>と聞き返しますと、<あなたが、かってアマテラスであった時のゆかりの場所なのです。なので、あなたがそこへ行けば、いろいろ気が付くことがあると思います。そこで伝えたいメッセージもあります>とのことでした。後日、天橋立をおとずれますと、本当に2機のUFOが来ていました。この出来事はもう7,8年前になると思います。籠神社では、私はアマテラスとシンクロしました。かって私がアマテラスであったことを自覚して、彼女の使命を感じたように思います。籠神社は元伊勢といわれるアマテラスの故郷です。いろいろなことを思い出すように当時の事実もわかりました。やはり当時、その周辺にもたくさんの集落があって、それを彼女がまとめていったという状況をリアルに感じたのです。この時にアマテラスがユダヤのラビの娘だったということもわかったのです。ラビとはユダヤの聖職者のことです。アマテラスのずっと後に、卑弥呼が出てきますが、卑弥呼も私の過去世だということがわかりました。学者のよっては、この2人が同一人物だと主張する人もいますが、それは違います。

差別問題はユダヤ人同士が引き起こした問題2、by中丸薫

アマテラスの勢力と出雲の勢力が長い間、紛争を繰り返している中で、発生したのだと考えられます。スサノオの代には、アマテラスが追われるという事態もあったはずです。またオオクニヌシの孫は150人もいたといわれます。最終的には出雲が大和に国譲りをしたといっても簡単には滅亡しなかったはずです。ですので逆に長い闘争の中で被差別部落の中に天皇家につながる人々が暮らす集落もあったのです。実際、被差別部落の中に天皇家につながる人々のお墓があることも多いのです。天皇家の棺を担ぐのは彼らです。昭和天皇がお亡くなりになった時もそうでした。もっと言えば有力な豪族は渡来人であることが多いのですが、当然ながら豪族の中にはユダヤとわからないような、もっと古くからの土着の勢力もあります。天皇家も、有力豪族のまつりごと、しきたり、生活習慣、そして血もとりこみますので、渡来人の影響を多分に受けていますが、土着の流れもあるのです。このために、差別の対象となることもあったのです。後述しますが、アマテラスはラビの娘だったのですが、完全にユダヤ人だというわけではありません。所で、アマテラスが銅製の鏡を掲げて、太陽神を表現しているような絵がたまにありますね。また、天の岩戸伝説には、開きかけた岩の前にフトダマが鏡を差し出すと、その鏡には光り輝く女神が映り、アマテラスは、それが自分の姿とは、わからず、さらに身を乗り出してしまったのでタジカラオに引き出されてしまう、というお話がありますが、これもどうでしょうか。これらは取ってつけたような後世の人が作り上げたイメージだと思います。銅製の鏡が盛人に使われるようになるのは、アマテラスがいたおよそ3000年前よりもっとのちの時代です。

差別問題はユダヤ人同士が引き起こした問題1、by中丸薫

京都出身の往年の政治家、野中広務さんが私を食事に誘ってくれて、ご一緒した時に、彼は自分で被差別部落出身だというので<同和っていうのはユダヤ人です。キリストを信じていない古い時代に来たユダヤ人が同和なんですよ>といったのですが、きょとんとしてお分かりにならなかったようです。昔はずいぶん差別されたのだと思いますが、本人たちは、なぜ差別されてきたのか知らないのです。そのいっぽうで、かれらのなかの天皇家とむすびつきのつよい人は、お庭とか庭師とも呼ばれていて、籠を担いだり、墓守など、陰で働いてきたのです。ところで、日本に後から入ってきたユダヤ人はアシュケナージが出てくる以前なので、ユダヤ系の日本人にアシュケナージがいるわけではないのですが、現在のイスラエルで、アシュケナージが生粋のユダヤ人を差別しているのとも似ています。そして、被差別階級の人々は長い間、被差別部落の閉じた世界で生活してきましたから、長い間、ユダヤの地が守られてきた場所でもあるのです。彼らの顔をよく見ると日本人離れした美しい人が多くいたりします。この彼らと相容れない、のちにわたってきた人々が、意識的に彼らを追い詰め、近畿地方から遠ざけたということもあったようです。逆に、そののちに屠殺や墓守など、特定の仕事をしてもらうために、東北などから呼び戻して、特定の地区にかこって住まわせたりしました。特に近畿地方などに差別問題が長く続いてきたのは、こういう歴史的な背景があります。東北以北、九州以南などに追いやられた被差別階級の人々は、自然にその土地になじんで、差別問題も近畿や中国地方のようにひどくはなかったはずです。差別問題は一種の権力闘争でのなかで起こりますが、最終的な敗者だけが被差別部落に住むようになるといった単純な図式ではなく、たとえばアマテラスに近い人々が被差別階級に身を落としていることもあります。