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エリザベス洋装店のブログ

如意宝珠

如意宝珠とは、その名の通り、意のままに願いをかなえてくれる宝の珠(たま)のことで<如意珠><如意摩尼(まに)><摩尼宝珠>などと表記されることもある。仏の徳の象徴として観念され、如意輪観音や千手観音、、地蔵などの仏像の持物(じぶつ)とされることもあるが、その際には玉の上が少しとがった玉ねぎのような形として造形される。たとえば橋の欄干の上にこういう形の玉がついていることもあるが、これは<宝珠になぞらえるということから>擬宝珠(ぎぼし)と呼ばれる。この如意宝珠は古くは4~5世紀に中国で漢訳された仏典<観仏三昧海経(かんぶつざんまいかいきょう)>等に記され、日本では<日本書記>【720年】巻第八の仲哀天皇2年7月5日条に、<皇后豊浦津(とゆらのつ)に泊よりたまふ。この日に皇后、如意珠を海中(ゆたなか)に得たまふ>と記されるのが初例である。仲哀天皇の皇后である神功皇后が熊襲の討伐に向かう途中、豊浦津(山口県下関市豊浦町)で海中から<如意珠>を得たという。これに近い記事は<土佐国風土記>の<釈日本紀(釈日本偽)>【鎌倉時代末期】に引用される逸文により、その内容を知ることができる。神功皇后の巡国(くにめぐり)したまひしとき、御船泊(は)てて、皇后島に下りたまひ磯際(急ぎは)に休息したまいて、一の白き石を得たまひき。団(まろ)なること鶏卵(とりのこ)のごとし。皇后、御手(みて)に安(お)きたまふに、光明四(ひかりよも)に出づ。皇后大(いた)く喜びたまひ、左右(さう)に詔(みことのり)して日(の)りたまはく、<こは海神(わたつみ)の賜へる白(ましろ)の真珠(またま)そ>とのりたまひき。<日本書紀>では神功皇后の口を借り、神から<熊襲は討つに及ばず、それよりも海の向こうの新羅を見よ>との託宣が下るも、仲哀天皇は聞き入れず、熊襲征伐を強行し、結局は果たされないまま、崩御することになる。<日本書紀>巻第九で、神功皇后は、仲哀天皇の死は背いたためであるとし、託宣を下した神の名を尋ねて祀ったうえで、熊襲征伐に成功する。その後も戦勝を重ね、そしてついに新羅を討つことになる。それが<如意珠>の霊威によるものであると破棄されてはいないが、連勝したというのは、<日本書紀>の記述どおりである。

Please,Please me by THE BEATLES

曲McCartney/Lennon,録音1962年11月26日、2分00秒、歌ジョン、ポール(ジョージ)、タイトルについて一言。最初のpleaseは<どうぞ>という意味の副詞で、つぎのpleaseは<喜ばせる>という意味の動詞です。さて、ジョージマーティンは、すごい若者たちを檻から放ってしまった。と今更ながらに思います。この歌にはビートルズがビートルズになっていく、萌芽があちこちに見て取れる。楽曲、ボーカル、コーラスは言うまでもなく、自分たちで作った音楽をすっかり自分たちのものにしている。圧倒的な迫力の2分間です。あろうことか、モノラルヴァージョンとステレオヴァージョンで、ジョンは歌詞をその都度変え、ステレオヴァージョンでは<カモンカモン>を笑いながら歌っている。それもこれから本格的にデビューしようというときにですよ。この天才歌手には緊張とか正調とか、そういう観念がないんだろうか。ジョンは<カモンカモン>の前の部分の歌詞を間違えて歌っているんです。あの笑いは照れ隠しなんですよ。1989年にアビーロードスタジオで行われたインタビューで、ポールは<これはもともとロイ、オービソンのスローなナンバーみたいな曲だった。ところがジョージマーティンがテンポをあげてもっと早くと尻をたたくように演奏を急がせた結果、このような形に仕上がった。>と語っている。ジョージマーティンとビートルズによる最初の化学反応がこの曲だった。結果、英国で初めて全国規模の大ヒットになりました。マージビーツののビリーキンズリーも<(プリーズプリーズミー)を初めて聞いた時の衝撃はいまだに忘れられない。かったばかりのレコードを擦り切れるほど何度も繰り返し聞いた>といっていました。こういう衝撃が、英国全土に走って行ったんです。

All Ⅰ’ve Got To Do by The BEATLES

曲Lennon/McCartney,録音1963年9月11日、2分01秒、歌ジョン&ポール。もう最初の6秒でノックアウト。ジョンの歌唱力はほとんど奇跡といってもいいくらいすごい。恋する切ない気持ちを、諦観と倦怠が入り混じった大人の声で歌いあげる。ジョンはこの時22歳。願わくば、もっと早くデビューさせたかった。スモーキーロビンソンの影響を受けた曲だといわれています。スモーキーは、スモーキーザポエット(詩人スモーキー)といわれるほど魅力的なメロディにぴったりの歌詞をつけるのを得意とした人。たとえばスモーキーが作った(ザ、トラックス、オブ、マイ、ティアーズ)の歌詞には、随所にライム(rhyme)がちりばめられている。<ライム>というのは<韻を踏む>ことですが、そこでもface/place/traceという単語を使って見事な歌詞を使っている。All Ⅰ gotta do is whisper in your ear (僕にはただ君の耳元でささやくだけ)、The words you long to hear(君の待ちわびている言葉をね)の部分では、earとhearがライムしています。ジョンはまた、アメリカというマーケットを意識して歌詞を書いたとも語っています。米国の若者たちというか、彼らの生活様式をイメージして歌詞を書いたようです。出だしにWhenever Ⅰ want you around/All Ⅰ gotta do is call on the phone(君に会いたくなったら、電話するだけ)という歌詞がありますが、当時の英国の若者たちは電話をそんなに気軽に使っていません。電話はまだ広く英国社会に浸透していなかった。英国の若者たちは、アメリカのまぶしいほどのきらびやかな生活にあこがれていた。ジョンをはじめ、ビートルズのメンバーも例外ではありませんでした、これは、そんな時代の曲です。 

Ask Me Why by THE BEATLES

曲McCartney/Lennon,録音1962年11月26日、2分24秒、歌ジョンレノン、これはジョンがほとんど書いた。ヴォーカル面からみると、このころのジョンは、表現力の点においてポールを大きく引き離していますね。見事な歌いっぷりです。Ⅰ can’t believe it’s happened to me(こんなことが自分の身に起こるなんて信じられない)とか、My hapiness still makes me cry(幸せすぎて泣けてくる)などという歌詞は愛に飢えていたジョンの内面を見るかのようです。それにしても、ジョンの詞や枯れた声、いいですね。憂いを含んだかすれ声がたまらなく魅力的。若い娘だったら、きっとジョンの追っかけをやっていたと思う。だって、<アイ、アイアイアイ>だよ(笑い)。失禁寸前。いや失神寸前。こんな風に耳元でささやかれて、三角関数や、微分積分の問題を解いていられるとしたら、若い娘の風上にも置けない。これがジョンのボーカルなんです。ここから三枚目のアルバム<ア、ハードデイズナイト>にかけて、ジョンのヴォーカルは更なる進化を遂げる。弱冠22歳の若造とは思えない色っぽさ、ワイルドさ、したたかさがあります。62年のライブで、よく演奏していた曲。ジョンのお気に入りの曲でした。英国では(プリーズプリーズミー)のB面として発売されています。(63年1月11日発売)。ジョンのヴォーカルに魅了されますが、ジョージのシンプルなギターと、リンゴの軽快なリムショット(打面の皮を止めている輪状になった縁の部分をたたく打法)も、いい隠し味になっています。そこへも耳を傾けてほしい。 

Anna(Go To Him)by the BEATLES

曲Arthur Alexander,録音;1963年2月11日、2分54秒、歌ジョンレノン.鼻にかかった素晴らしい歌声。まだ20歳そこそこなのに、すでに大人の色つやがある。”泣き”もお見事。ジョンはデビューの時、もうすでに完全に出来上がっていたんですね。天賦の才を感じる。疑う向きは、ジョン以外の歌手がこの曲を歌うのを聞いてみるといい。思わずぷっと吹いちゃいますね。比較の対象にさえならない。歌詞の<僕>は、恋人【アンナ】にそっけないというか、恋そのものにひややか。You say he love you more than me【君はあいつの方がもっと愛してくれるという】/So I will  sey you free(だから自由にしてやるよ)/Go with him【奴と一緒にいきな)という利己的な歌詞にジョンはひかれたのでしょうか。はじめてこのうたをきいたとき、for a girl(フォアガール)ではなくて、(フォルガー)とはつおんしているのが、どことなくえいこくじんのきちょうめんさをかんじました。(わらい)アメリカのR&Bシンガー、アーサーアレキサンダーが62年に発表した曲のカバー。全米のヒットチャートで68位。そんなに有名な曲じゃなかった。でもビートルズの手にかかると、秘めている曲の方をうまく引き出している。こういう曲を見つけ出すビートルズの嗅覚には感心せずにはいられません。それにしても、ビートルズが選ぶカヴァー曲って、本当に幅広い。有名なものもあれば、よくもまあこんな曲を探し出してきたなっと感心するような曲まである。ロックンロールだけでなく、ミュージカルの挿入歌なども取り上げたりするです。から、若いころから、彼らは幅広いジャンルの音楽に触れ、かつそれを楽しんでいたということですね。