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地上の神々 2017/01/11
天孫降臨の神の子孫と伝わるが、実際の人間の神格化、昇格。。。阿蘇幣立宮(へいたてぐう)、、、大宇宙大和神(おおとのちのおおかみ)。。。伊勢外宮(外宮)、、、豊受大神宮(とようけだいじんぐう)。豊受はイザナギノミコトの孫。ワクムスビノカミの子。五穀をつかさどる神。大日如来。。。伊勢内宮、、、皇大神宮。祭神は天照大神。アマテラスは高天原の主。日の神と仰がれる皇室の祖とされ、国民崇敬の神。阿弥陀如来。。。出雲大社、、、主神は大国主命(おおくにぬしのみこと)。オオクニヌシはスサノオの子とも孫とも伝わる国神。別名、大黒様として庶民に親しまれる神様。。。八幡宮、、、応神天皇を主座とし、弓矢の神として広く武士の信仰を集める。。。住吉之大社、、、海の神様。イザナギのミコトの子。三男神を祀る。転法輪菩薩。。。猿田彦神社、、、猿田彦は国つ神の一つ。容貌は異常に長く、七尺の長身、道祖神と結び付けられたりする。土地関係全般の支援。。。椿大神社、、、猿田彦大神をまつる総本社。天孫降臨の折、ニニギノミコトを迎えた住民側の代表者。土地のも森上として、不動産、建設関係者の信仰が厚い。。。熱海神社、、、熱海大社を主神とする、名古屋にある元官幣大社の神体の草薙の剣はアマテラスの霊代。スサノオ、ヤマトタケルもまつられている。。。多賀大社、、、延命長寿、無病息災の神得で<オタガサン>と呼ばれ、親しまれる。。。高千穂之神、、、高千穂(宮崎県霧島火山群の高峰)は天孫降臨伝説の地。。。豊受宇迦之御魂之神、、、穀物の神。虚空蔵菩薩。。。石上(石上)神社、、、祭神は神武天皇が大和を平定する際に使った神剣をはじめフツノミタマ、フルノミタマ。ニギハヤヒを祖とする物部氏が全国から集めた神器庫。数次に関連する。文殊菩薩。。。新明社、、、祭神としての天照大神を<明神>と呼ぶ。般若菩薩。。。事代主神、、、大国主命の子。コトシロは<物知り>の儀で、託宣神。

by 6014D | 2017-01-11 12:10 | コメント(0) | 未分類


天上の神々 2017/01/11
上代、日本神話流思想、宇宙パワーの解釈。。。天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、、、高天原の主宰神、天の中央、宇宙の根源神(宇宙神)。。。天之常立之神(アメノトコタチノカミ)、、、常(トコ)は底、床と同義で、宇宙天体から地球に至るまでを常(永遠)につかさどる神。。。高御産巣日神(タカムスヒノカミ)、、、産巣(ムス)は生成、日(ビ)は火のことで、宇宙の生成力を示す。。。神産巣日神(カミムスビノカミ)、、、前記(高御)神を男神、この神を女神とし二元化した。。。国之常立之神(クニノトコタチノカミ)、、、前記(天之)の天に対し、地を示し、国土を常につかさどる。。。国開之大神(クニアケノオオカミ)、、、開発を推進する。。。八大竜王神(ハチダイリュウオウシン)、、、八人の大竜主の総称。総体で気象、天候をつかさどる。天候、旅行の安全などの支援。。。魔王神(マオウシン]、、、人生諸事全般、下世話なことも含む。八大竜王神とともにいろいろなことの支援。。。魔神界大王女王神(マシンカイダイオウジョタマノカミ]、、、魔王神同様の力の女性的な働き。。。金勝要之神(キンカツカナメ)、、、経済全般を担当。。。竜神(リュウジン)、、、水、水脈,気脈に関連し、つかさどる。。。輪統美天神(リントウビデンジン)、、、電波センサー、フーチ、記憶、コンピューター全般をつかさどる。

by 6014D | 2017-01-11 11:35 | コメント(0) | 未分類


今、なぜ<禅>なのか 2017/01/09
今日の日本禅宗は、臨済宗十四派、曹洞宗、黄檗宗において展開する。鹿苑寺(金閣寺)、玆照寺(銀閣寺)、龍安寺、天龍寺、西芳寺(苔寺)など世界文化遺産に登録されている名刹をはじめ、全国に二万か寺を超える禅宗寺院が所在している。この禅寺には禅僧の修行生活の空間としての禅の造形である禅院建築や庭園があり、墨蹟、禅画、禅籍などの禅の文化財が蔵されている。また座禅会や法話の会を催すなどして座禅の体験を志す人、禅の教えを聞きたい人に答えてくれる寺が数多くある。近年、この禅寺に足を運ぶなど、<禅>に関心を寄せる人が激増する傾向にある。その動機や要因は人によって異にするのであろうが禅寺をめぐることで禅の世界を体感的に知り、禅の書画を目のあたりにして精神的衝撃を感じない人はいないと思う。それほどに人の心を引き付ける魅力を持っているのが、禅なのである。禅では<教外別伝>(きょうげべつでん)<不立文字>(ふりゅうもんじ)を標ぼうする。それは特定の所依の経典を有することなく、文字によって理解し相伝されたものではないことを意味する。その特異性は禅の始まりにある。釈尊が霊鷲山(りょうじゅせん)で説法する。そのとき梵天が金波羅華(こんぱらげ)を献じた。釈尊はそれを掲げて大衆に示す。摩訶迦葉(かまかしょう)が破顔微笑した。これを拈華微笑(ねんげみしょう)というが、これで釈尊の仏の心(悟りの境地)が摩訶迦葉の心に伝わった。つまり以心伝心されたのである。この禅がインドでは28人(西天二十八祖)に相承され、第28祖の菩提達磨(ぼだいだるま)が中国に禅を伝え、法を嗣いだ。慧可から六祖、慧能(えのう)を経て、唐末から宋代の五家七宗(ごけしちしゅう)として展開する。そのうち、日本には中世に臨済宗、曹洞宗、近世に臨済宗系の黄檗宗が暫時伝えられ、その三宗が今日の日本禅宗として存続する。かかる禅宗は<自己本来の面目>、<いかなるか是れほとけ>などと問うて、真の人間とは何かと自己究明し、悟りを開くことを目的とし、師は弟子(資)を独自の宗風を掲げて、堤撕(ていせい)(親切な指導)し、資は参禅修行して開吾(かいご)し、志宝する。このことが連綿と受けつかれてきたその禅僧は時代社会の中にあって、そこに生きる衆生の済度(迷える衆生)を導いて悟りの境界にすくい渡す)みかかわりきょうかかつどうをなし、やさししく禅を解き書物をあらわし、また禅の文化をはぐくんで護持した。この師資相承と衆生済度、および拒むことなく時代の人々にこたえてきた禅の軌跡を知り、今日の人々が抱く禅への魅力、全を求める心情など<今なぜ善なのか>を考え先人の足跡に学ぶ機会となり、これから先のおのれが人生を模索するうえで、いくらかかの手掛かりを与えてもらえることになるのではないか、そのように思う。

by 6014D | 2017-01-09 12:49 | コメント(0) | 未分類


鈴木大拙と天皇と仏教 2017/01/06
戦前、大拙は<無心>という表現を用いますが、戦争末期から戦後にかけて<霊性>といい始めます。ここに見るべきは単なる表現と意味の異同ではなく、時代に抗する大拙の強い意志です。<無心>という柔らかな言葉ではなく<霊性>という、触れたものをときに驚かせ、動揺させるような言葉を彼があえて用いていることを見過ごしてはならない。鈴木大拙の霊性論を考えるとき、先に見た<日本的霊性>も重要ですが、見過ごしてはならないのは、戦後に刊行された<仏教の大意>です。1946年(昭和21年4月9日戦争が終わって8か月後、大拙は昭和天皇と皇后に仏教とは何かを講じることになります。講義は2日間2回にわたって行われ、初回は<大智<、次の会は<大悲>を巡って行われました。大智は、先にも触れたように<叡智>を意味し、審理の光に象徴されます。光が偏在するように、大智の働きは仏から無尽に注がれていると大拙は考えました。大悲における<悲>とは単なる悲しみではありません。慈悲の<悲>である、慈愛の源泉としての悲しみです。<悲し>は<かなし>と読みますが、勝手の日本人は<愛し>あるいは<美し>とかいて<かなし>と読みました。大悲における非にも、至上なる美と尽きることない愛が働いています。大智と大悲は仏教の中軸でもありますが、ほかの宗教、霊性と呼応する場でもあります。キリスト教における無上の愛であるアガペーを<慈愛>と訳した人がいます。井上洋治神父ですが、大悲はまさに悲愛に呼応します。プラトンは哲学の究極の目的は真善美を生きることだといいましたが、大智は真理と善を、大悲は美、悲と愛を包含する美をつかさどる働きです。<仏教の大意>で大拙は、大智と大悲は二つのものではなく、ひとつなる働きに付された二つの呼び名であることを強調します。もし、日本に何か世界宗教思想の上に貢献すべきものを持っているとすれば、それは華厳の説教に他ならないのです。今までの日本人はこれを一顧の思想として認覚していたのですが、今後はこれを集団的生活の実際メン、すなわち政治、経済、社会の各方面に具現させなくてはならないのです。彼の視座は震災後の日本、これから様々な危機に直面するだろう日本においてきわめて示唆的です。また大拙が仏教を単なる理念ではなく、生ける仏教、万民の行動原理となりえる霊性としてとらえていたことを様々と示しています。行動原理、principleは、信仰上の信条faithではありませんから、異なる信仰を持つ者にも有効です。キリスト信者の中に<仏教>が生きている、そうした世界の実現を大拙は求めていた。この時の<仏教>が宗派ではなく、最も開かれた意味での東洋的霊性に異名であることは言うまでもありません。

by 6014D | 2017-01-06 13:42 | コメント(0) | 未分類


鹿島立ちと阿須波明神 2017/01/05
鹿島立ちとは旅に出ること。出立。いかにもそれらしい語源があることを思わせる言葉である。鹿島、香取の二神が天孫降臨に先立って鹿島を出立して国土を平定した故事による。防人(さきもり)や武士が旅立ちの前の日に途中の平安を鹿島の阿須波明神に祈った習慣による、などがそれである。たびにでかけること旅立ちの意を持つこの語は<総軍の鹿島立ちに、馬蹄の音高く>(幸田露伴<風流仏>)、一人ぼっちで遠いたびに鹿島立っていく自分というものが味気なく>(有島武郎<或る女>)というようにふつうもちいられる。もともと鹿島の阿須波明神は福井の足羽山に鎮座する足羽神社に祀られ、継体天皇に、生井神(いくい)、福井(さくい)、網長井(つながい)、阿須波(あすわ)神、波比伎(はひき)神の五神からなる座摩(いがすり)神を主祭神として大穴持像石(おおなもちかたいし)神、柿本人麻など、九柱の神を配祀する。<延喜式>神名帳の足羽郡十三座(並小)の中の一座である。<延喜式>によれば、阿須波神はほかの座摩四神とともに邸宅などの守護神として、上代宮中の神祇官にも奉祀されていたことが知られ、<古語捨遺>には<大宮地の霊>(おおみやどころのみたま)とある。神統譜の上では、阿須波明神は須佐之男命の子大年(おおとし)神と天地迦美豆売(あちちからみずひめ)との間に生まれた九神中の第四子で兄弟にあたる神とは松尾大社の最新となっている大山くいや座摩五神の一柱波比岐神が見られ(<古事記>中央の神としての性格も強い。当社の神紋は三光の紋と称して、太陽、月、星を図案化したものであり、道教の影響がうかがえる。

by 6014D | 2017-01-05 13:17 | コメント(0) | 未分類



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