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エリザベス洋装店のブログ

ウイチタラインマンbyグレンキャンベル(1968)

果てまで続くアメリカのハイウェイが熱で、陽炎のように溶けだし、時折吹き抜けるそよ風さえも実感させ、リアルな幻想の中に泳ぎで祟った3分間のドーナッツ版でそんな体験ができるレコードだ。ジムウエッブが、故郷のオクラホマ南部の道で作業をする電話線工事夫を見て、その孤独に思いをはせて作った曲。やばいとしか言いようのない幻想的なストリングスには電話信号を思わせる音まで入っている。詞は危険と裏腹な男のガテン仕事の姿に、遠く合うことができない女性の思いが重ねられ、まさに男のロマン。テンポはbpm=86とバラードだが、キャロルケイ(有名な女性セッションベーシスト)以下のれっきんクルー(伝説のセッションミュージシャン集団、グレンキャンベルもそのうちの一人)がしっかりとグルーブをたたき出しており、ロック少年もだらけない。影を含んでなお、おおらかなグレンのヴォーカルがうますぎる。高校1年生だった僕も眠れない暑い夜、遠くから聞こえるニッポン放送の深夜番組<オールナイトニッポン>で、買う汁図、ママすあんどっぱっパス、フィフスディメンション、ナンシーシナトラのポップスの中でもジムウエッブの描いたこの局に非常に心地よいアメリカのハゼの波動感じていた。聞くたびに色は薄れていない。まるで当時に連れ戻されるようなタイムマシーンのような感じだ。

宗教を超えた地球のお祭り2byべネシアスタンリースミス

キリスト教を国教としたローマ帝国は、ヨーロッパ各国をキリスト教化していきます。しかし、強引にキリスト教徒にしたわけではなく、その国や民族の風習や文化に融合させてキリスト教を広めていきました。キリスト教会は、人々がクリスマスを受け入れやすくなるようにコールやサトゥルナリアと同じ時期に定めたようです。そして、西暦325年に行われた第一回ニカイア公会議で、キリストの誕生日が12月25日に定められたのです。クリスマスツリーの発祥の地はドイツというのが一般的なようです。日本でクリスマスツリーといえばモミの木をさしますが、今の時代、ヨーロッパではモミの木が減っているので、もみの木に似たヨーロッパトウヒがクリスマスツリーに多く使われているようです。ドイツのある山岳地方では、もみの木には小人が住んでおり、人々に幸せを運んでくれると信じられていたそうです。クリスマスツリーがモミの木になったのはそれと関係があるのかもしれません。ライン川東部の森林地帯では、コールの祭りになると、もみの木などの常緑針葉樹に飾りをつける行事がありました。その地方に暮らしているゲルマン人たちは、森に生えているモミの木を選び、その枝に木彫りの動物をぶら下げて飾りました。木彫りは動物神の象徴となり、もみの木は<命の木>と呼ばれ、森の生命のシンボルとされました。かれらはそのモミの木の周りで歌い踊り、そして春の訪れを祈りました。それから何世紀も後にキリスト教が布教されると、コールはクリスマスへと姿を変えていきました。そしてモミの木の上には、大きな星の飾りが付けられるようになりました。その星はキリスト生誕時に現れたベツレヘムの星を表しているということです。1605年、ドイツのストラスブルグの作家がクリスマスツリーの飾り方を匿名で発表しましたそれには家の中でのモミの木の置き方やモミの木にリンゴ、お菓子、金箔で作った飾り色紙で作ったバラを飾る方法などが述べられています。クリスマスにクリスマスツリーを飾る習慣はまずドイツで始まりました。そしてヨーロッパよりも先に、ドイツ移民によってアメリカで広がったということです。イギリスのウインザー城で毎年行われるロイヤルツリーの始まりもドイツからだといえそうです。1841年、ドイツのアルバート公は花嫁となったイギリスのヴィクトリア女王にローソクの明かりで飾られた巨大なクリスマスツリーをプレゼントしました。この王家のクリスマスは欧米各地に広がっていきました。キリストの祖先やユダヤの祖先をたどればアブラハムだと聖書に書かれています。マホメットの祖先もアブラハムだとコーランに記されています。つまりキリスト教、ユダヤ教、イスラム教のルーツは同じところからきています。偉大な精神的指導者は、心理と愛と平和を私たちに伝えてくれました。しかし、のちに教えを引き継いだ人々は、その教えを宗教という形に作り上げていきました。教えが宗教になってしまうことがキリストの望みであったかどうかは疑問です。クリスマスの起源を調べていくうちにクリスマスはキリスト教徒という宗教を超えて、地球上に住む人類全体のお祭りではないかと私は思うようになりました。