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エリザベス洋装店のブログ

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール11.

少年は、理由のわからない一抹の疾しさを感じながら、殺される王子たちの姿を思い描く。腹を切り裂かれ、流れる血潮に浸って横たわる王子たちは、引きこもった自分とは比べようもないほど美しかった。あるとき絵本をめくっていると、一枚の絵を前にして雷に打たれたような衝撃を受ける。白馬にまたがって剣をかざし、苦難へ飛び込んでいこうとしている若い騎士。少年はこの美しい騎士が殺される場面を想像して恍惚となる。それからというもの、人目を避けてその本を開いては、まるで禁断の秘密が描かれた絵を盗み見るかのようなうしろめたさを覚えながら、抗(あらが)いがたく自分を魅了するあの絵が現れるまで、胸を解き任せてページをめくるのだった。しかしある日、何気なくそのページを開いた看護婦から、描かれている金髪の美しい騎士は実は男ではなく、ジャンヌダルクという名の女だと教えられ、少年は打ちのめされる。それは、人生における最初の<現実からの復讐>に他ならなかった。もはや宿命的な残酷な死に甘美な空想をめぐらすことはできない。少年はもう2度とその本を開くことはないだろう。

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール10.

<仮面の告白>で三島は、自分を長い間思い悩ませてきた最初の記憶に言及している。近所を散歩している途中、5歳の三島は、若い糞尿汲み取り人が坂を下りて自分の方へやってくるのに出くわす。若者の血色の好い頬、地下足袋、ぴったりとした紺の股引、そして汚穢屋(おわいや)という職業、少年は激しい衝撃を受け、何が起きたのかわからないまま未知の欲望に貫かれる。自分から抜け出して汚穢屋になりたいという憧れが少年に浮かんだのであった。他者に自分を転嫁するこの情動は、やがて花電車の運転手や地下鉄の切符切りを対象としても繰り返されることになる。三島にとっては、自分とか関係のない世界、拒まれているがゆえに一層激しく突きつけられる世界で暮らす人々の生活は暗く悲劇的なものに結びついているのだった。そこから私が永遠に拒まれているという悲哀が、いつも彼ら及び彼らの生活の上に転嫁され夢見られて、かろうじて私は私自身の悲哀を通してそこに与(あずか)ろうとしているものらしかった。(<仮面の告白>)さらにもう一つの記憶は、練兵帰りの兵士たちが門前を通るのをまじかに見たときのものである。兵士たちの汗のにおいに少年は陶酔するが、それは性的な興奮の為ではなく、汗のにおいとともに、兵士たちの遠い異国での危険な、おそらくは死と隣り合わせの冒険がまざまざと浮かんできたためであった。年不相応に鋭敏な感受性を持つ少年は、現実に抗して作り上げた心地よい空想の世界に一人立てこもる一方で、現実への敵意と幻想への渇望を募らせていく。本で読んだおとぎ話は精妙な黒い錬金術によって不吉で病的な夢想へと変貌し、きらめく夢のような世界の代わりに巧緻な犯罪と洗練された懲罰からなる世界を少年は空想する。ともすると私の心が、死と夜と血潮へと向かってゆくのを妨げることはできなかった。(<仮面の告白>)

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール9.

公威は自分がどれほど自然に反した育てられ方をしているのか知らないまま大きくなっていく。常軌を逸した祖母の束縛を何の感情も面(おもて)に出さずに受け入れ、倭文重(しずえ)が買い与えた玩具を危険だ、あるいは騒々しいという理由で、夏子が没収しても涙ひとつこぼすことも、訴えるようなまなざしを母親に向けることもなかった。学校の遠足に参加するのを禁じられた時も、一人おとなしく座って積み木で遊んでいた。幼くして悟りきったかのように、公威はじっと運命に身をゆだねていた。それでも公威は、まるでストックホルム症候群(犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くことをいう】に陥っているかのように、祖母のことも母と同じくらい愛していた。しかし夏子の嫉妬の激しさは公威がほんのわずかでも倭文重(しずえ)への愛情を示すと、それを裏切りとみなすほどで祖母の許しを得ずに母親に頼るようなことがあると癇癪を起して二人に当たり散らすのだった。祖母の神経性の発作を未然に防いで誰も傷つくことがないように、公威は祖母にも自分の心の内を押し隠していた。父親と一緒にいても、その能面のような無表情を崩すことはない。ある昼下がり、うまく息子を散歩に連れ出すことに成功した梓は、母の<女子教育>でこの子がすっかり腑抜けになってしまう前に男らしく鍛えてやろうと、一つ間違えれば大事になりかねない暴挙に出る。轟音を挙げて通り過ぎる機関車へ向けて、抱き上げた公威を線路際から差し出したのだ。しかも子供は鼻先すれすれを機関車が掠めても微動だにしない。怖がりも喜びもせず、全くの不反応だ。梓は自分の息子が魂のないでくの坊か何かのように思えたという。けれどもその子供の内側では、過激なまでの感受性がすでに猛威を振るい始めていたのだ。

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニファールシェール8.

倭文重(しずえ)は公威の三年後に、妹の美津子を生む。そのさらに2年後には弟の千之(ちゆき)。この2人は幸いにも母親のもとで育てられた。夏子は公威にかかりきりで、弟妹には何の興味も示さなかったのである。公威は異常なまでに外界から隔離されて育てられていた。三歳になっても、よほど天気の良い日でないと、外出は許されない。5歳になると、陽気のいい春の日には倭文重(しずえ)と二人で出かけられるようになるが、外に出る前には祖母によって、まるで吹雪の中を出ていくかのようにしっかりと着込まされる。当然のように、男の子たちと遊ぶのは禁じられていた。男の子の遊びは危険だというのだ。夏子は代わりに近所の女の子のうちから遊び相手を2,3人えらんだ。公威はしんと静まり返った薄暗い部屋で祖母に見張られながら、その子達と人形や折り紙で遊ぶことしかできなかった。ちょっとした物音でも祖母の神経痛に響くというので玩具は女の子向けの動くことも音を出すこともないのに限られていた。公威はおとなしく遊びながら、半ば閉ざした障子の向こうに聞こえる男の子たちの喚声を耳にして、その子達が手にしている鉄砲や車に思いをはせるのだった。そのような不自然な育ち方を案じた倭文重(しずえ)は、ある晴れた日、義母が寝ている間に公威をこっそり外へ連れ出そうとしたことがある。しかし、夏子はとたんに目を覚まして、飛び起き、子供を取り上げ、病床の間をぴったりと閉ざしてしまった。倭文重(しずえ)はその場に茫然と立ちすくむ。実の母であるのに、わが子に対しては女中並みの力しか持っていないのだ。倭文重(しずえ)は頼るものもなく、友人もなく、心のたけを打ち明ける相手もなく、鬱屈とした思いをため込むばかりだった。少しでも口答えしようものなら、どんなひどい仕打ちをされるかわからない。夏子は何か月にもわたって、息子とのあらゆる接触を禁じるかもしれない。ただでさえわずかの時間しかわが子と過ごせないのに、すべてを失うことになるのは耐えられなかった。梓といえば、公威の父親であるよりも、まず夏子の一人息子であった。時には子供を外に出させてやるように母親に持ちかけることもあったが、拒絶されればそれ以上は何も言えない。母がそうするには理由があるのだ、と結論付け、妻の不満には耳を貸さなかった。倭文重(シズエ)は何も言わぬまま、夫に恨みを募らせていた。