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エリザベス洋装店のブログ

Anna(Go To Him)by the BEATLES

曲Arthur Alexander,録音;1963年2月11日、2分54秒、歌ジョンレノン.鼻にかかった素晴らしい歌声。まだ20歳そこそこなのに、すでに大人の色つやがある。”泣き”もお見事。ジョンはデビューの時、もうすでに完全に出来上がっていたんですね。天賦の才を感じる。疑う向きは、ジョン以外の歌手がこの曲を歌うのを聞いてみるといい。思わずぷっと吹いちゃいますね。比較の対象にさえならない。歌詞の<僕>は、恋人【アンナ】にそっけないというか、恋そのものにひややか。You say he love you more than me【君はあいつの方がもっと愛してくれるという】/So I will  sey you free(だから自由にしてやるよ)/Go with him【奴と一緒にいきな)という利己的な歌詞にジョンはひかれたのでしょうか。はじめてこのうたをきいたとき、for a girl(フォアガール)ではなくて、(フォルガー)とはつおんしているのが、どことなくえいこくじんのきちょうめんさをかんじました。(わらい)アメリカのR&Bシンガー、アーサーアレキサンダーが62年に発表した曲のカバー。全米のヒットチャートで68位。そんなに有名な曲じゃなかった。でもビートルズの手にかかると、秘めている曲の方をうまく引き出している。こういう曲を見つけ出すビートルズの嗅覚には感心せずにはいられません。それにしても、ビートルズが選ぶカヴァー曲って、本当に幅広い。有名なものもあれば、よくもまあこんな曲を探し出してきたなっと感心するような曲まである。ロックンロールだけでなく、ミュージカルの挿入歌なども取り上げたりするです。から、若いころから、彼らは幅広いジャンルの音楽に触れ、かつそれを楽しんでいたということですね。

日本のグループサウンズはなぜビートルズになれなかったのかby稲増龍夫5.

(稲増)GSはいろいろすごいことをやっていたと思います。たとえば、ジュリーやタイガースのファッションセンス。その後、70年代になってグラムロックとかデビッドボウイが出て、ああいう両性具有の美学がロックの中にも入ってくるわけじゃないですか。あるいは美空ひばりさんにしても小林旭さんにしても、洋楽のエッセンスを日本の歌謡曲とごちゃ混ぜにして(お祭りマンボ)とか(アキラでツイスト)とか、何かわけのわからない独特の音楽を作ることが得意だった。GSもまさにそうだったし、小西さんたちがやっていることもその流れですよね。でも、小西さんの音楽はおしゃれで、何であの時のああいう音楽はださいといわれるのかな。(小西)マイナーキーがあるか、ないかの違いでしかないような気がします。自分も完全に日本人ですし、家庭環境の影響もなかったのに、なぜか演歌やアジアンテイストになじめないんですよ。ヨナ抜き音階(日本国有の五音音階)などに対するアレルギーみたいなのがあるんですよね。(稲増)マイナーな曲調ではないものをやろうと思っているうちに、渋谷系という、日本のポップスの一つのムーブメントを作っていったことは意図的ではなかったんですか。(小西)ピチカートファイヴの初期に、<あなたたちの音楽、いいんだけどなんて言うジャンルに入れていいかわからない]みたいによく言われていたので。逆に(渋谷系)という言葉が出たときは、ありがとうございますって飛びついた感じですけどね。(笑い)(稲増)渋谷系の音楽は海外からも評価が高いですよね。世界で通用するといえば、2016年のリオパラリンピック閉会式での、東京にバトンを渡すというパフォーマンスは、いきなりピチカートファイヴの<東京は夜の7時>で始まりましたね。東京を代表する曲に選ばれるってすごいことじゃないいですか。(ピチカートファイヴのファンクラブはなんとブラジルで世界で一番最初に作られたようです。)もっとも<東京砂漠>(内山田洋とクールファイブ)をやるわけにはいかなかったとは思うんですけどもね。(小西)<東京砂漠>だったら、アナーキーでしたね。(笑い)

日本のグループサウンズはなぜビートルズになれなかったのかby稲増龍夫4。

(小西)GSの魅力は、単純にかっこいいとしか、思えなかったですね。音楽的にも洋楽より劣っていると感じたことはなくて、例えばタイガースの<ヒューマンルネッサンス>というアルバムは僕の音楽体験の原点だと思うほどです。今聞いてもものすごいいいレコードだと思います。(稲増)GSは65年から始まって、基本的には洋楽をコピーして、という流れ出来て、、でも結局ビートルズで言えば<サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド>とか、ビーチボーイズの<グッドバイブレーション>とか、あの辺は結局日本ではコピーできなかったですよね。あれだけ日本は向こうの流行を追いかけていたのに、何であそこでみんなあきらめちゃったのかなって思うんです。もちろんGSが歌謡曲化したというのはあるんですけれど。(小西)その辺のことはよく考えるんですけど、、、。正直言うとイギリスとかアメリカでもいわゆるビートグループって大差ないわけですが、やはり、ビートルズにはポールマッカートニーという天才的ソングライターがいて彼が飛びぬけていた。だから、欧米の他のバンドですらついていくのがやっとだったという感じなんじゃないですかね。(稲増)一人の才能だけじゃなくてスタジオワークなどもすごいじゃないですか。今でもがっていたのだろうと、不思議に思います。ビートルズやビーチボーイズはもともと人気があったけど、&lt;原子心母&gt;【ピンクフロイド】がイギリスのチャートで1位になるなんて、今では信じ60年代後半のアルバムなどを聞くと、何であの時、こんな前衛的なレコードがチャートの上位に挙られないですよね。(小西)あの時代の欧米のポピュラー音楽業界は本当に勢いがあったけど、何でもありの実験精神にあふれていましたね。多様性ということだと、今よりはるかに上ですね。そして、自分の音楽は、歌謡曲とほとんど違わないんじゃないかと思うことの方が多いですけれどね。もし、自分の音楽が洋楽っぽいと感じるとしたら、マイナーキーのスケールがあんまりないからかもしれません。マイナーキーの曲を聴くと悲しくなるんですよね。子供みたいなことを言っていますけど、本当なんですよ。その意味でGSは、マイナーキーをかっこよく聞かせることにたけていて、そこはもっと評価していいと思うな。