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エリザベス洋装店のブログ

暴力事件で左遷された名門出身の色好み 藤原実方

かくとだに えやはいぶきのさしも草 さしもしらじなもゆる思いを。こんなにもあなたのことを思っていると、どうしてもいうことができません。伊吹山のヨモギのようにそれほどのものとは御存じないのでしょうね。私の燃える思いを。父藤原貞時が早世、叔父済時(なりとき)(藤原忠平の孫)の養子に。994年に左近中将。藤原道信とは気の合う友人で、清少納言との交流も。995年陸奥守として赴任し、この地で没した。随伴した源重之も2年ほどで亡くなった。陸奥へ左遷されたのは実方を酷評した藤原成之を宮中で口論になり、成之の冠を取り上げて庭に投げたところを一条天皇に見られ、<歌枕を見てこい>と勅勘(ちょくかん)をこうむったからといわれている。天皇からのおとがめがあったから謹慎せねばならなかったのだ。行成はかっこいい名門貴族だったから(権力の点では傍流ではあったが)、実方は<むかつく>こともあったのではないか。百人一首の歌番号では実方の前の50番に行成の父、藤原義孝の歌がある。<かくとだに>の歌の<伊吹山>は栃木県の山のこと。さしも草(ヨモギ)の名産地でもある。<伊吹のさしも草が>音が通じることから<さしも>の序詞であることを、初めて掛詞や縁語などが用いられて一見複雑。でも言いたいことは極めてシンプルで、私の思いを相手は知らない。けれども相手は知ってほしいということ。原因はともかく口論の末、相手に手を挙げるのは大人げない。歌は恋の歌であるが、自分の思いを知ってほしいと訴える内容。これは行成へのこどもじみた暴力と相通じるものがある。どちらも甘えているように思えてならない。そうはいっても美貌の色好みの貴公子の甘えには<あわれ>が伴うもののようだ。