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エリザベス洋装店のブログ

神が人民を介してモノをいう時節 2.

けれども今は事情が変わった。<世界の人民の何彼(なにか)の事を知らして、改心をさせねばならぬから、神が(人民に)懸かりてモノをいう時節が参りた>【(大本神諭>)というのである。実際、江戸の後期から明治にかけて、注目すべき神懸かり現象が頻発している。その先駆けは、後述する如来教の開祖、一尊如来きのだが、ほかにも黒住教の黒住忠宗、金光教の川手文次郎(金光大神】、天理教中山みき、大本の出口尚らが<世界の人民の何彼の事を知ら>せるため次々と神懸かりし、人心や世界の建て替え建て直しのための活動を、猛然と開始している。さらに注目すべきは、下級神官出身の黒住宗忠を除く開祖の全てがこれといった教育もない農民出身だったという点だ。本来なら<高貴なミタマ>を用いて行われるはずの神懸かりが、なぜ世間でも底辺に属するはずの神懸かりが、なぜ世間でも底辺に属する<地に落とされているミタマ>を用いて行わなければならなかったのか。その理由として<人民>にかかった神は、上と下、貴と賎、表と裏のドラステックな”交換劇”の逼迫(ひっぱく)を予告したのである。