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エリザベス洋装店のブログ

1300年開山なぜ相次ぐ?

全国にある白山神社でその名を知られ、富士山、立山とともに日本三霊山とされる白山が2017年8月9日開山千三百年を迎えた。地元は盛り上がるが少し調べると白山以外でも1300年の区切りを祝うあれこれが目につく。当時は奈良時代。なぜ1300年の説目が相次ぐのだろうか。冬場に関西側から見上げると白山は緑の山の向こうにひときわ白く輝いている。古くから信仰の対象になってきた。その山に1300年前の717年、初めて登頂したのが越前の僧侶、泰澄だった。伝記によると、泰澄は682年生まれ、767年に86歳で亡くなった。白山の主峰、御前峰(ごぜんがみね)(2,702m)に上り、山頂近くにある池で祈ると、九頭竜王が現れ、間もなく11面観音に姿を変えた。天皇の病気を治したり、天然痘の流行を収めたりといった話も伝わる。泰澄は白山以外にも次々と山を開いた。ゆかりのある山や寺社などは長崎から山形、東は神奈川、江の島まで800以上にもなる。石川県の石動山(せきどうさん)も開山1300年祭を歌う。ちなみに来年開湯1300年とされる粟津温泉も泰澄が見つけたと伝わっている。岐阜県養老町は今年<改元1300年>を祝っている。というのは717年、元正天皇が元号を霊亀から養老に改めたからだ。町の担当者は<女帝の元正天皇がこの年、養老を訪ねた。当地の美泉に感心され、それをきっかけに改元が行われた。そんないきさつや、孝行者の猟師が滝に流れる酒を父に飲ませた民話<養老乃瀧>から町名が付きました。>と話す。各地のルーツがある<養老>はどんな時代だったのか。<710年に都が奈良県北部の平城京へ移り、しばらくが過ぎた。本格的な律令国家が動き出したころ。仏教は6世紀に日本に伝来した。養老の時期には中央の僧侶が地方へ行き、山で修業したこともあったでしょう。碁盤の目のように道を配置した都が作られ、女帝が統治した。養老律令に編纂が始まり、養老4年に日本最古の正史の日本書紀が完成した。<そう考えるとひとつの時代の説目立った。自分たちの伝統や正当性を示そうとして、後世になってから、養老年間が始まりだったと主張する。そんなケースもあるかもしれませんね。