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エリザベス洋装店のブログ

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール7.

御七夜(おしちや)の晩、赤子はフランネルの襦袢(じゅばん)、羽二重の下着、絣の着物を着せられ、祖父が<公威>(きみたけ)の名を奉書に書いて三方の上に乗せ、床の間に置いた。生まれて49日目、祖母はその子を母の手から有無を言わせず奪い取って、自分の部屋へ連れて行く。そしてまるで粘土でできた人形のように赤子を捏ね上げて、自分に似た神経質で病弱な子に仕立てていくのだった。夏子は孫を12歳になるまで虜因にし、母の愛からも外の世界からも断絶された日の光も入ってこない陰鬱な部屋に幽閉することになる。。夏子がこの子を完全な監督下に置いたのは、自分と同じ華族的な教育を施すという名目ではあったが、そうしたのは何よりも、自分のやり場のない怒りや打ち砕かれた憧憬(しょうけい)、肉体的な苦痛といったものをだれでもいいから分かち合ってもらいたかったからであろう。赤子が母親のもとへ返されるのは授乳のときだけ、母子が触れ合うその唯一の時間も、夏子が傍らで懐中時計を手にしたまま血走った目で二人を見つめていた。そして十分に乳を飲んだとみると、一言も言わずに赤子を取り上げ、一回の自室へ降りていく。専横な義母、留守がちの夫、倭文重(しずえ)は涙にくれながらも、文句を言ってもどうにもならないことがわかっていた。義父の定太郎の方は、孫が生まれたころには離れの隠居所に身を落ち着け、家族とはほとんど顔も、併せず、かって自分を破産させたうわべだけの仲間たちを迎えては碁を打って時を過ごしている。夏子の毒舌も恬然(てんぜん)と受け流し、家庭の問題にも目を向けず、よほどのことがなければ、碁盤から離れることはない。