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エリザベス洋装店のブログ

泰澄大師と私 by 上田俊博 1.

私、上田俊博は両親を亡くし10年近くたつが、父が生前、泰澄の生誕地三十八社に自分自身のお地蔵様を作っていたという話を父が亡くなった後で初めて人づてに聞かされた。そして生きているときに、延命、子孫繁栄のためのお地蔵様を作ろうと発願させた泰澄という人物に強くひかれた。越知山山頂の千躰地蔵にならって、父の母親の実家である吉川和夫氏(書家、吉川寿一の父)が発起人となり三十八社にも千躰地蔵を作ろうということになりました。知人、縁者に声をかけ、父も参加したという。父自身も祖母も人一倍信心深かったのは知っていたが、祖父の妹の婚家である都鄙家(造り酒屋で屋号は楠屋)では子供が5人とも死んでしまったので、父の一つ下の叔父が都鄙家へ養子に入った。江戸時代、都鄙家は越知山山頂の千躰地蔵や六所山参道の地蔵も寄進していてもうすでに、僕の周りには泰澄と深いかかわりが,縁があったのだ。九十九橋の木橋部分を立てるときに駒屋家の人柱のもう一本は、都鄙家から娘を差し出していたという。