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エリザベス洋装店のブログ

詩歌にも音楽にも書籍にも通じたマルチクリエーター藤原実定

ホトトギス鳴きつる方をながむれば ただありあけの月ぞ残れるほととぎすが今しがた鳴いたばかりの空を眺めると、ただ明け方の月が残っているなあホトトギスが出てきたら夏の歌である。ホトトギスが泣いた方角を見ても姿は見えず、泣き声だけでその存在を察知している。ただ明け方に空に出ている月を見てるとただ月だけが残っているなあと人生のはかなさにしみじみと感じ入っているのがうかがわれる。ホトトギスは古くから歌に詠まれている典型的な夏の風物詩だ。あやなしどり、うずきどり、くつてどり、といった呼び名もあり、漢字で書くと時取、子規、不如帰,杜鵑など何通りもあるポピュラーな鳥であった。実際には夏山で昼夜問わず鳴くのだが、早朝にその声を聴くのがよいとされ、姿よりも特徴がある声が風流なのである。だからこそ、この歌のように一瞬にして消える夜明け方の杜鵑の声が詠まれ、去った後の声の余韻として夏の月が置かれているのだろう。声だけ、しかもすぐ消えてしまうこと、そのはかなさが歌になる。残った有明の月に余韻を語らせている。一言でいうと、充実した人生と裏腹のはかなさへの視線。文学と音楽の幅広い才能に恵まれていた実定は、マルチクリエーターとして活躍していた。西行法師ら当時の歌人たちとも幅広く付き合いその一方で官僚生活面でもなかなか抜け目なく動く。さぞ生きていることが楽しかったろうが、<不如帰>の歌を見ると、はかない物への視線が感じられる。ふっとしたシーンのはかなさへ目が行くところに、もしかしたら他人からは充実しているように見える人生に、どこかむなしさを覚えていたのかもしれない。