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エリザベス洋装店のブログ

史上最も有名な歌会でかろうじて勝者になった歌人 平兼盛

忍ぶれど 色に出にけりわが恋は 物や思ふと 人の問うまで思いを隠してこらえてきたけれどついに顔に出てしまったなあ。私の恋と言ったら、物思いをしているのかと人が訪ねてくるほどになって。官位は従五位上、駿河守にいたったが、この時70歳ぐらいだった。父が光孝天皇のひ孫、平篤行(あつゆき)。父の代に平氏の姓になる。恵まれたものが勝ってしまった幸運。960年に行われたてんとく4年内裏(だいり)歌会の最後の二十番に壬生忠見と競った。題は<忍ぶ恋>。判者は左大臣、藤原実頼(さねより)(藤原忠平の子)だったが、両方とも周作であったため、勝敗をなかなかつけることができなかった。主宰者の村上天皇が兼盛の歌の冒頭、<忍ぶれ度>をつぶやいたことで兼盛が勝ちとされた。血筋の良い歌人で、相手の壬生忠見の不遇と対照的に、恵まれた環境にあったと思われる。歌の神様は皮肉にも、幸せな方に勝利を与えたのだ。兼盛は歌の神様の気まぐれに救われたのかもしれない。しかし本当にいい歌である。千年以上たっても人間なんていうのはそんなに変わっていない。