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エリザベス洋装店のブログ

やまとたけるとおとたちばなの美しい愛の姿 by 皇后美智子

父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありました。年代の確定できない6世紀以前の一人の皇子の物語です。倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は、父天皇の命を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を恐れているかのように、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き、皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。この時、付き添っていた后(后、弟橘比売命、おとたちばなひめのみこと)は自分が海に入り海神の怒りを鎮めるので、皇子はその使命を遂行し、覆奏してほしい、といい入水し皇子の船を目的地に向かわせます。この時弟橘(おとたちばな)は、美しい別れの歌を歌います。さねさし相武(さがむ)の小野(おの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも。このしばらく前、建(たける)と弟橘とは、広い枯れ野を通っていた時に敵のはかりごとにあって、草に火を放たれ、燃える火に追われてにげまどい、九死に一生を得たのでした。弟橘の歌は、<あの時、燃え盛る日の中で、私の安否を気遣ってくださった君よ>という危急の折に息子の示した、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持ちをうたったものです。かなしい<いけにえ>の物語は、それまでもいくつかはしっていました。しかし、この物語の犠牲は少し違っていました.弟橘の言動には、何と表現したらよいか、建と任務を分かち合うような、どこか意志的なものが感じられ、弟橘の歌はー私は今、それが子供向けに現代語に直されていたのか、原文のまま解説が付されていたのか思い出すことができないのですが、-あまりにも美しいものに思われました。<いけにえ>というむごい運命を進んで自らに受け入れながら、おそらくはこれまでの人生で最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出をうたっていることに、感銘という以上に、強い衝撃を受けました。はっきりとした言葉にならないまでも、愛と犠牲という二つのものが、私の中で最も近いものとして、むしろ一つのものとして感じられた、不思議な経験であったと思います。この物語は、その美しさのゆえに私を深くひきつけましたが、同時に説明のつかない不安定で威圧するものでもありました。古代ではない現代に海を鎮めるためや、洪水を防ぐために、一人の人間の生命が求められるとは、まず考えられないことです。ですから、人身御供(ひとみごくう)というそのことを、私が恐れるはずはありません。しかし、弟橘の物語は、なにかもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ、そのことが私を息苦しくさせていました。今思うと、それは愛というものが、時として過酷な形をとるものなのかもしれないという、やはり先に述べた愛と犠牲の不可分性への恐れであり、畏怖であったように思います。まだ子供であったため、その頃はすべてをぼんやりと感じただけなのですが、こうしたよくわからない息苦しさが、物語の中の水に沈むというイメージとともに押し寄せてきて、しばらくの間、私はこの物語にずいぶん悩まされたのを覚えています。