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エリザベス洋装店のブログ

仙境異聞 by  平田篤胤 5.

しかし寅吉はまだ幼かった。夜になると、寅吉は無性に両親が恋しくて、泣き出してしまった。老人は手を変え品を変え、あれこれと、慰めたが、寅吉はただ声を上げて、泣きじゃくるばかりであった。慰めかねた老人は寅吉に向かっていった。<そんなに家が恋しいならやむを得んな。家に送り返してあげよう。だが決して今日起きたことをしゃべってはいかんぞ。無論、家の人にも内緒にして、毎日、五條天神の前においで。わしが送り迎えして、卜筮を習わせてあげるから。老人はこう言い含めると、寅吉を背負い、目を閉じさせて大空に舞い上がった。風が耳にあたって、ざわざわとなったかと思うと、もう寅吉の家の前に来ていた。<いいな、わしと会ったことは決してしゃべるなよ。もし一言でもしゃべったら、お前の身に災いが降りかかってしまうぞ。わかったな>家の前で、老人は寅吉に今一度念を押すと、消えるようにいなくなってしまった。寅吉は老人のこの戒めを固く守り、後々まで、父にも母にも老人のことは何も話さなかった。さて翌日の昼過ぎ、約束道理、寅吉が五條天神の前に行くと、あの老人が来ていた。老人は寅吉を背負って、山に連れて行った。しかし老人は卜筮のことは何も教えず、ただ寅吉を、さらにあちらこちら周辺の山々に連れて行った。そして寅吉にいろいろなものを見憶えさせ、花を折り、鳥を獲り、渓流では魚釣りなどをして、寅吉を楽しく遊ばせた。そして夕暮れ時になると、老人は同じように寅吉を背負って、家に送り返した。寅吉はこの老人との山遊びが面白くって毎日欠かさず約束の場所へと出かけた。いつも下谷広小路の井口という薬屋の男の子と遊びに行くようなふりをして、寅吉は家を出掛け、老人と一緒に過ごす日が長く続いた。