SHOP BLOGアソビねっブログ

エリザベス洋装店のブログ

宇宙の法則で秘められた謎を解く陰陽五行と日本の文化

日本の昔を知ろうとするとき、私どもにとって重要なことは、先祖たちが何を信じ何を基準として生きていたか、その精神生活の中心を求めることである。昔を知ることは古人がそのよりどころとしていたところを見ることなので、それにはまず、時を遡行して古人の側らに近づくことが先決で、現在の位置に居座って、今の心で合理的な解釈とか推測を加えるべきではない。古人が信を寄せていたところとは、あるいは先祖に対する篤い信仰、あるいは外からよりくる神に対する畏敬の念、などが考えられてきた。しかしそれに並んで、時にはそれらに優って古人が心を寄せていたものは、中国の古代哲学、易と五行思想であった。易は約五、六千年前に成立したという古代中国の思想哲学、あるいは化学でもあって、それから発展した五行思想をも付せ、陰陽五行として占いのみならず広く道徳、学術、宗教の基盤となり、儒教、道教、方術等の盛行もたらしたのである。この哲学によれば、原初唯一絶対の存在を混沌(易では大極)とし、陰陽の二大元気がそこから派生する。この二気のうち、陽気は上昇して天となり、陰気は下降して地となったと説く。この陰陽、あるいは天地の関係はそのまま人間界にも持ち込まれ、君臣、親子、老幼、などの関係に置き換えられる。また原初唯一絶対の存在、太極から派生する陰陽の二大元気は、細分化する傾向を持ち、限りなく分化して森羅万象の中に顕現する。易の八卦、五行の木、火、土、金、水の五元素も、この陰陽二元から派生したもので、宇宙根源の実相とは一太極二陰陽、です。この陰陽の交換五行の循環が順当ならば、豊作は疑いなく、それにつながるものは民生の保証、国家の安泰である。この哲学が将来された6~7世紀は、大和の首長が国内統一の基礎を固め、皇権の安定と国力の充実に総力を掲げていた時代である。陰陽五行の理は、天地、君臣の在り方から、四季の順当な循環に及ぶものなので、為政者にとってこれ以上都合のいい原理はなく、これによって国家の制度、祭政等、一挙の構造化され、以来一貫して1500年間にわたり、日本の文化の基盤となってきた。ところが文明化開化、脱亜入欧を唱える明治の知識によって<迷信>として一刀両断された陰陽五行は、以後これが学問の探求う、推理の方法に用いられることは皆無の状態で、今日に至ったのである。