SHOP BLOGアソビねっブログ

エリザベス洋装店のブログ

弘田三枝子の渚のうわさが気になってpart,2

翌年ニッポン放送でオールナイトニッポンがはじまり、当時ヘビーリスナーだった私は福井でキャッチできる洋楽はすべてノートに書き記した思い出があるというのに、なぜか近頃歌謡曲の弘田三枝子のこの<渚のうわさ>がいやに気になって仕方がない。しかも今聞きなおすと、これから次の大きな時代に向かってうごめく、何かしら大きなメッセージを秘めた不思議な楽曲のような気がする。きゃっちーなオーケストラ導入部分の音魂に引き込まれると、もうそこはシャウトする弘田三枝子のワンダーランド。男の子のようなボーイシュな女の子が女に変身する寸前の変貌する様が今の次の時代に変化するのとシンクロしているみたい。

弘田三枝子の渚のうわさが気になって、vol.1

明道中学校1年生になったばかりの国語の授業時間中、谷口潔子先生に呼ばれ、<あとで音楽室に来なさい>それが先生との出会いのスタートだった。今でも夢の中に時々現れ、あの世で今でも霊界混声合唱団の指揮をしているようなのですが、先生に見初められて合唱団に入った1966年という年は実に今思い出してもすごい年だったような気がする。まずはbeatlesの日本公演。来日してもう44年もたつなんて信じられない。そのときは気にも留めなかったが、今頃そのときはやった曲で気になるのがある。弘田三枝子が整形手術をする前に出したシングル版、<渚のうわさ>(the end of summer)/<風とおとこのこ>(crying window).その当時ヒットした曲を聴くと、その時代のにおいや、湿った空気感がまざまざとよみがえってくるから不思議だ。

日本の滅亡を描いた野馬台の詩VOL.2

野馬台の詩とは,五言十二韻二十四句の短い詩だが、これだけの詩が日本社会を震撼させるほどの力を持っていたのだ。谷が埋もれ、貴人が逃げ惑い、魚が突如羽を広げ飛び回り、下克上がおきる。白竜が水を失うように王の威が衰え、黄色い鶏が人に化わって食し、世の中の秩序は崩壊する。天皇が百代で週末を迎えるという。星が野外に流れとび、不安は絶頂に達する。荒廃した大地、世界は崩壊し、すべては無に帰して世は終焉を迎える。栄枯盛衰、盛者必滅。時代が変わろうとも、またこの詩が脚光を浴びるのは、そうとうくないと思う。

日本の滅亡を描いた野馬台の詩vol.1

顔の中からもうひとつの顔がのぞく不思議な仏像をご存知ですか。中国の僧、宝誌和尚であり彼が作った詩で、遣唐使の吉備真備とおん霊になった藤原仲麻呂が協力して解読したのが、この日本の滅亡を描いたといわれる野馬台の詩なのだ。この二人はともに泰澄と深いかかわりがあり、足羽山ふもとの持宝院の建立、五万塔の製作<その中の経典は粟田部で作られた和紙を使用>。しかも、ボストン美術館所蔵の<吉備大臣入唐絵巻>にはその野馬台の詩の部分は失われているものの、そのいきさつが描かれている。なんと二人は空を飛んでいたのだ。

グリフィスが描いた福井の河童<かっぱ>

グリフィスが書いた本<明治日本体験記>に福井の河童の話が出てくる。河童はサルの体とすっぽんの頭を足し、この緑がかった動物が立って甲羅を脱ぎ捨てて、水かき足だけを残して、男の子ぐらいの大きさのサルのような動物に進化していったと想像すれば河童がどんなものかわかるだろう。かっぱは水中にすみ、その領域に侵入する人間、特に子供を捉えると思われている。河童は美少年を捕らえると、その体を引き裂いて、好みのおいしい部分を食べて大いに楽しむ。それはもうこはんというおしりの青い部分と、男の子の大事な玉の部分らしい。親はきゅうりで河童のご機嫌をとったらしいが、私が福井にいたとき、川の中のある場所では絶対に泳がないように注意された。河童が必ず私の足をつかんで、引っ張り込んで食べてしまうといわれた。でもグリフィスはアメリカ人、河童の好物はモンゴロイドの青いおしりの美少年の肉だったのだ。