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徒然草と後醍醐天皇 2010/07/30
今まで徒然草を読んでも何かもやもやとして漠然とよくわからなかった本でしたが、バロン吉元のまんが徒然草を呼んで感動しました。<徒然草>とは、これが書かれた時代に大流行した真言密教立川流と、その信奉者、ごだいご天皇と、その政治に対する批判の書だったのです。男女のsexこそ成仏。という過激なことだけが取り上げられ、48人子供がいたという精力絶倫の後醍醐天皇ですが、その正反対のキャラクターが、吉田兼好であり、バロン氏に言わせると、ナイーブで教養豊かで洞察力があり、シンプルな美を愛し、品格を重んじ清潔で、作法形式、しきたりにうるさく、はかない無常観を静かに受け入れる保守的リベラリスト。これが徒然草のいつの時代にも日本人に愛されつずけてきた原因なのでしょうか。泰澄が開いた丸岡の豊原寺や今庄のほうでも後醍醐天皇の動きが見られる。もっとほかにごだいご天皇のことについて調べねば本との真意はわからない。

by 6014D | 2010-07-30 17:46 | コメント(0) | 未分類


英語で読む百人一首 2010/07/30
江戸時代末期には、なんともうすでに英国から百人一首の英語訳の本が出版されていたのですが、最近アイルランドのマクミリアンピータースがすばらしい英訳本を出されたのにすっかりはまっています。日本人でさえ深い意味がもうひとつよくわからなかったのがこうして英語で百人一首を読まれると、新たにニュアンスが多少変わっても、もうひとつ深く理解できた気になれるのは何なんでしょうか。<A life in vain,Ⅰ`ve grown old,my beauty talents faded like these blossoms fading in endless rain,that Ⅰ sit here so sadley gazing outupon,>花の色は移りにけりないたずらにわが身世に振る眺めせしまに 小野小町 。今まで短歌なんて恐れ多くも縁がないと思っていたのに、とおくアイルランドの人に、日本の文化の奥深さを、はかないけれども心にぐっと響き渡り、言葉の持っている魂のすばらしさを教えてもらって、うれしい反面、とても歯がゆい。

by 6014D | 2010-07-30 17:11 | コメント(0) | 未分類


福井のレイライン 2010/07/27
文殊山と日野山を結んだ線上に学校が26、神社が53、<そのうち白山神社が14>、戸のつく地名が1つある。北からいうと、大聖寺の緑丘小、細呂木小、井伊小、坂井農林高、春江東小、森田中、中藤小、啓蒙小、神明中、日之出小、東養護学校、旭小、成和中、高志高、羽水高、六条小、文殊小、北新庄小、武生東高、仁愛大、万葉中、油尾小、今庄中、今庄小、とつずく。越知山山頂の越知神社と白山山頂の奥宮を結びつけるとせんじょうにおおたんじちかくの越知神社,河水町の越知神社がでてくる。だからどうした、どうなんだといはれても、私にはよくわからない。

by 6014D | 2010-07-27 17:02 | コメント(0) | 未分類


アルセーヌルパンとレイライン 2010/07/27
小学校2年生のころ、隣の席の山崎園子ちゃんが<きのうお父さんが買ってきてくれた本だけど、とても面白いから上田君読んでみね。>と思わず差し出した本がルパンの<奇巌城>でした。確か北フランス、ノルマンジーの海岸沿いの小屋のシーンが古い映画に出てきて、その場所がとても気になって、現場に行って事件に引き込まれるというイントロが確かに興味深い。イギリス軍がノルマンジー海岸から上陸したという話は別としてもそこはアンモナイトの化石がごろごろと転がっている。砂浜を駆け上がり、小高い丘に登るとそこはもうレイラインの宝庫になる。レイラインといえば数ヶ月前、泰澄塾に福井のレイラインについて田谷さんと言う方が講演にこられました。まず、神社は地脈に沿って立てられており、そのクロスポイントでは相当の電磁波が出ているという。かって、神社のある場所は必ず地脈の交差点であった。地球の神経は地脈<竜>であって、その地脈の交差点に昔は石を置いてその中心に神社を建立していったのである。そして福井のレイラインはここにあった。文殊山と日野山を結んだ線上にあったのだ。


by 6014D | 2010-07-27 16:32 | コメント(0) | 未分類


フランクシナトラの<ストレンジャーインザナイト> 2010/07/25
1966年の暑い夏、毎日NHKの合唱コンクールの練習で20分かけて早足で明道中学校に通っていた。唯一の楽しみといえばラジオからながれてくる洋楽を聞くことで、まだオールナイトにっぽんもはじまっておらず,ときどきFENが素敵な音楽を流してくれるのをキャッチするのがとても楽しみだった。思い出がよみがえってきます。この1966年の暑い夏、一番よくairplayしていたのがフランクシナトラの<ストレンジャーインザナイト>です。彼の歌で一番好きだったのは、トミードーシー楽団時代のクルーナーで歌っていた<ポルカドッツとムーンビームス>ああたまりません。当時長女のナンシーシナトラより若いミアファーロー<ローズマリーの赤ちゃんで有名になった>と再婚していたシナトラですが、1967年のlp<CIRCLES>のA面1曲目にはいいっている<cring in my heart>を聞くと実に暗い。もうすでに分かれてしまってたんですね。ジャズバンド出身なので、どこかジャズ的ニュアンスがクールでかっこよく、今聞いても実におしゃれです。力道山も、美空ひばりも、朝青龍もフランクシナトラもどこかでつながっていたのだ。

by 6014D | 2010-07-25 10:05 | コメント(0) | 未分類



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