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平田篤胤 2010/11/30
平田篤胤は安永5年<1776>、秋田藩士大和田清兵衛さくたねの第4子として生まれた。男6人女2人の中の真ん中の子供で、幼名を正吉といった。子供のころの平田篤胤は父に素読を習ってもまったく覚えられず、19歳になっても学問ができず、父親からも、お前の馬鹿さかげんにあきれて、周りからあほの正吉といわれたという。19歳、彼は家を出、江戸に出て、大八車夫、飯炊き夫、火消し人夫などの仕事を経て、市川団十郎に弟子入りしたが、役者の才能がないといわれて、団十郎家の家庭教師になったという。あほの正吉といわれるほどの愚鈍な子供がどのようにして歌舞伎役者の家の家庭教師となり、やがて門人を何千人も抱える国学者になることができたのか、まったくなぞである。福井藩主、松平春獄公の秘書、中根の雪江も平田篤胤の弟子だった。彼の晩年、江戸幕府から著書指し止めを命じられて、秋田に強制送還されたとき、婿養子に書いた手紙が出てきた。<里子にやられ、貧乏足軽の家にて苦々しく6歳まで養われ、すでに置きつけにされるところ、乳母の夫が死んで家に返されて、父母兄弟に呵責せられたる苦しみ言語道断いつも語れると売り鳴り。顔にあざのあるのが、兄弟を殺して家を奪う顔の相であるといわれて嫌がられて>このような幼児期を送った平田篤胤が国学者として大成することができたのはどのようなことがきっかけになったのか実に興味深い。文政6年に平田篤胤に著された<勝五郎再生記聞>は勝五郎少年の生まれ変わりの記憶を解読した実に興味深い霊魂の行方を調べたフィールドワークである。

by 6014D | 2010-11-30 16:46 | コメント(0) | 未分類


雨月物語から物の怪の怖さを思い知る。 2010/11/28
雨月物語は白峰に始まり、貧福論で終わる。前者には崇徳天皇の霊が、後者には金の精が出てきて、怨念と金特の世界を物語る。雨月物語は武士の世、乱世の始まりから江戸幕藩体制による武士の世、泰平の世の移りの中に9つの怪異譚を含む構成になっている。乱世から泰世へ、権力への怨念から金への執念への世の流れを怪異とともに描ききる。白峰は歌の道と仏道修行に励む西行が崇徳天皇のながされた讃岐の墓所すなわち白峰陵へ詣でる話である。白峰陵は、1156年に起こった保元の乱で讃岐の国に流罪にされ、恨みを抱いて死んでいった崇徳天皇の墓である。西行は墓の前で終夜供養をするために経文を唱えていると、日が暮れて、山深き夜のさまはすさまじい心地がする。すると形異なる背高くやせ衰えたる物が出てきたので、法施におおじて形になって現れたことはありがたいのですが、この世に未練を残して現れ出てくる迷いの御心が悲しい。どうか仏果円満の位に上って迷わず成仏なさってくださいと申すと、天皇の霊は、最近の世の乱れは、すべて我が仕業なのだ。生前から恨みをはらさんと魔道に精進し、死んでなお朝廷天下にたたりをなしているのだ。この強い怨霊が世を乱し、人を滅ぼし、災いをもたらしている。この怨霊を静めるためには、仏法が必要であり、鎮護国家の霊的国防装置である天台密教を総動員した加持祈祷による怨霊鎮魂であった。こうして大魔王になり、手足のつめが獣のように延びて三百あまりのかみとなった崇徳天皇の霊は西行法師に心を動かされて竜体を消し去っていた。こうして上田秋成は本居宣長がものの哀れを知る国学を樹立したのに対して、物の怪を知る国学の地平を切り開いた。

by 6014D | 2010-11-28 09:31 | コメント(0) | 未分類


ラフカデオハーン 2010/11/27
ラフカデオハーンは、日本人が感じている神道を、より明析に鮮やかな形にして命を吹き込んだ。古代日本人は万物や自然現象の中に、すなわち森羅万象の中に神の働きや魂の宿りを見た。雷には雷の神。地震には地震の神。火山の噴火には火の神ヲ見、洪水には水の神、たとえば八幡のおろちのあらぶる姿を見、台風の中にすら神を見出してきた。天然、人事、万事に対して神震や先祖の霊、死者の魂の働きがあると監督してきた。そうした日本人の霊的感覚をラフカデオハーンは彼自身の震性的な次元で明確に捕らえている。この日本の風土を覆っている大気そのものの中に神がおわすのだとハーンは宍道湖を渡りながらはっきりと感じ取った。神社に行って神社の社の中に入ったとき、この社の中にこそ、この場所にこそ、神が宿るということを、彼は正しく感得できたのである。神は場所に宿る。風土とともにある。社の中に住む。具象的に事物や事象や時空の中に働いている何者かを、ハーンは生き生きと、きわめてクリアに認識し、感知したのである。ハーンは出雲大社に母親の里のギリシャの神々に使えた新宮の姿を垣間見、父のふるさとのアイルランドのフェアリーテイルズや怪異伝承、神秘的な民族伝承を通じて霊性的な詩的感性が万葉集時代に通じる。

by 6014D | 2010-11-27 17:24 | コメント(0) | 未分類


源氏物語から物の怪の怖さを思い知る 2010/11/26
雅の本質を貫く<源氏物語>は確かに華やかで雅な宮廷の<恋>の有様を描いた<もののあはれさを知る>恋する文学であるといえるが、しかしながら同時に、それは<もののけの怖さを知る>文学でもある。たとえば<葵>の巻には、妊娠した葵の上に<物の怪>が取り付いて病気になったので、その<物の怪>を封じ祓うために密教の<御修法>を行うと、<物の怪>や<生霊>がぞろぞろ出てきて、依り代の童子を通じて名乗りを上げたことが生々しく描かれている。そこに、葵の上に取り付いて離れない霊が1つあり、六条御息所<みやすどころ>の生霊であった。葵上は難産の末に、男子夕霧を出産するが、しかしその際、病を深くして息絶える。葵の上の死は<物の怪>の仕業と信じられた。この<物の怪>の力の前にはいかなる<御修法>の甲斐もなく、葵上はついに黄泉路<よみじ>をたどり、父の左大臣や光源氏は悲嘆にくれつつ、鳥辺野に葬った。これは<もののあわれをしる>が、しかしそれは同時に<物の怪の怖さを思い知る>けいけんでもあった。<源氏物語>は<もののあわれ>から、<もののけ>までを貫くスピリチュアルな紫式部の観察眼と表現の冴えは恐ろしいほどだ。

by 6014D | 2010-11-26 18:10 | コメント(0) | 未分類


海幸彦、山幸彦 2010/11/26
神話上の海幸彦、山幸彦の兄弟の名前は、実は途方もない古い信仰の上にある。海で釣りを生業とする兄の海幸彦と山で狩を生業とする弟の山幸彦が、おのおのの釣り針と弓矢とを交換して獲物を取ろうとするが、弟の山幸彦は、兄の大事な釣り針を失ってしまう。必死に謝るが兄は許してくれないので、山幸彦は海の中の海神<わたつみ>の宮に釣り針を探しに行き、無事に失ったつり針を見つけ、海神の美しい娘と結婚するという物語である。ところで海幸彦、山幸彦の父の名前を知っているだろうか。また祖父や曾祖母の名を知っているだろうか。<古事記>によって確認してみると次のようになる。あまつひこひこほのににぎのみこと<父>、あめのおしほみみのみこと<祖父>、あまてらすおおみかみ<曾祖母>、父神のににぎのみことは、天から地上<あしはらのなかつくに、日本の古い名前>に天下り、山の神の娘である、<このはなのさくやひめのみこと>と結婚をする。桜の花に象徴される、富士山に象徴される女神である。その子供たちが海幸彦、山幸彦の兄弟である。祖父の名前は天の子であり、稲穂がたくさん実ることを意味している。祖父母は太陽に象徴される天照大神である。人とは霊<ひ>のとどまるところ。人は太陽の力を受けたところ。かみがみのなに<ひ><霊、日>を含むことが多いのは、太陽に持つ神秘的な力を根源として<ひ>が霊的な働きそのものを意味することになったからである。

by 6014D | 2010-11-26 17:37 | コメント(0) | 未分類



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