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出雲井晶の日本の神話vol,43高天原の一番目の使者 2012/02/28
それで正勝吾勝勝速日夫忍穂耳命<まさかあかつかちはやびあめのおしほみみのみこと>に、<豊葦原の千秋の長五百秋<ながいほあき>の水穂国におりくだり治めなさい。と命じられました。この長い国名は、豊葦原の国はいついつまでも毎年秋になると、稲穂が波打つ与太かなよい国だということをあらわした名前です。天忍穂耳命<あめのおしほみみのみこと>は、天の真名井の誓いのとき、天照大神の八尺<やさか>のまがたまの五百<いほ>つのみすまるの玉からお生まれになった天照大神のみ子でしたね。天忍穂耳命<あめのおしほみみのみこと>は天降<あまくだ>ろうと、天の浮橋にたち下界を眺め渡しましたが、<葦原の中つ国はなぜ、ひどく騒々しいのだろう!>と驚いてしまいました。高天原に帰り天照大神様にそのことを申しました。天照様は、天之御中主神のおしごとの陰陽の陽のほうを受け持つ高御産日神と相談されました。ともかく八百万の神々とともに考えましょうと、天の安の河原の神々を集めました。高御産巣日神のみ子で知恵の神である思金神<おもいかねのかみ>たちが話し合い申しました。<まず葦原の中つ国に天苔比神<あめのほひのかみ>を大神の使者として下し、中つ国の神々に高天原の考えをよく伝えることが大切でしょう>天苔比神<あめのほひのかみ>は、葦原の中つ国へでかけましたところが、大国主命様に大切にされて遊びほうけてしまい、三年もたつの荷、高天原には、何の報告もしていませんでした。

by 6014D | 2012-02-28 17:25 | コメント(0) | 未分類


出雲井晶の日本の神話vol,42高天原の一番目の使者 2012/02/28
伊邪那岐伊邪那美二神の<国生み>で誕生した豊葦原の中つ国を天津<あまつかみ>の仰せで、天照大神の弟である須佐之男命が<国造り>をしました。その後を須佐之男様の子孫である大国主命が<国造り>をします。このとき天之御中主神のお仕事の、地のほうを受け持たれる神産巣日神のみ子、少名ひ古那神が心をひとつにして大国主命様を助けました。それで中つ国はアワや稲もたくさん取入れができて、物は豊かになりました。しかし、葦原の中つ国は、夜は多くの神々がそれぞれ、蛍火のように小さな灯をともして行きかい、怪しげなことを起こすものもいます。昼は昼で、どっとわくはえのように徒党を組んでよくないことをしました。また草や木がいっせいにざわめくように神々の中には、自分のことばかり言い立てて欲張りになり、争いを起こすものもいます。高天原から天照大神は下界のこの様子をじっとご覧になっていました。暮らしや食べ物が豊かになるだけでは、地上のものたちに本当の幸せは訪れない。地の上に生きるすべてのものも、天之御中主神の正しい法則の中で生かされていることを知らせなければ、自分だけの力で生きているものなど、ひとつもいないことを知らせなければと、深く天照大神様は考えられました。そのためには、そのことをよく知っている神、この世のものすべては作り主の尽きることのない生命<いのち>の流れの中で、限りない慈愛に見守られ叡智に導かれていることを知っている神を中つ国に遣わし、そのことをみなによく知らせることが大切だ。そうすれば、がむしゃらに自分勝手なことをしても幸せはこないとみんなわかるだろう。みな仲良く暮らすようになり、地上も楽しい国になると思われたのでありました。

by 6014D | 2012-02-28 17:20 | コメント(0) | 未分類


出雲井晶の日本の神話vol,41すくなびこのかみ 2012/02/21
大国主命様は喜んですくなびこのかみを手のひらに乗せて御殿につれて帰りました。お二人はそれから神産巣日神様のお言葉を守り、心をひとつに葦原の中つ国の国つくりに励みました。すくなびこのかみ様は天神<あまつかみ>のみ子だけに智恵が深く思いやりがありました。山に木を植え、川に土手を作り、橋を架け、馬や牛、鶏を飼うことを教えました。すくなびこのかみさまは、土の下から湧き出す厚い湯をといで引き、その湯に大国主命様をお入れして、大国主命様の病気も治しました。人々に毒虫やマムシから身を守る方法も教えました。中つ国がとても豊かになりました。その日も畑の粟が黄色い粒粒を実らせ穂を重たそうに波打たせていました。<粟の取入れをしましょう>すくなびこのかみは大国主命様に弾んだ声をかけると、飛び跳ねながら粟畑へと出かけました。すくなびこのかみ様は粟の茎をするすると登り、穂の上からたたいて粟を下に落とします。大国主命様は下で受けて集めます。取入れが終わるとすくなびこのかみさまは粟の茎をしっかりたわめました。弓なりにたわんだ粟は、ぴゅーんとすくなびこのかみ様を跳ね飛ばしました。<大国主命様、みなさん、ありがとう、さようなら!>すくなびこのかみの姿は、天高く消えていきました。大国主命様は悲しみにくれました。これからの国造りも、一人では心細く思い悩んでおりました。そんな時、海原を照らして大物主神がこられ教えました。<あなたのうちに宿るみなを幸せにしようという真心と、神秘な力を信じれば大丈夫です。

by 6014D | 2012-02-21 17:57 | コメント(0) | 未分類


出雲井晶の日本の神話vol,40すくなびこのかみ 2012/02/21
大国主命が出雲の美保の岬におられたときのことです。澄み渡った大空を移して青海原が広がっていました。その波間をゆらゆらと、不思議なものがちかずいてきました。<おや!小さな舟>よく見ると、小さな小さな舟に小さな小さな神が乗っているではありませんか。やがて舟ごと波打ち際に打ち上げられました。舟はつる草のガガイモのみを半分に割ったものです。小さな神様は蛾の羽根の着物を着ています。ぴょんと砂浜に降り立ったので、大国主様のお供のものが<どなた様で?どちらからいらっしゃいましたか>何度も大声でたずねましたが答えません。がさごそとヒキガエルがやってきて両手をついて申しました。<くえびこはきっと知っています。朝から晩まで一本足で田んぼの中に立ち通しで天下を見回している神ですから>くえびこにたずねました。<この神は神産巣日(かみむすび)神の子、すくなびこのかみです。><では高天原から?>みんな驚きました。<お体は小さいが、とても賢くて優しい神様です。>天の上から神産巣日神のお声が聞こえてきました。<すくなびこのかみは確かにわが子。私の指の間から零れ落ちました。仲良くしてください。すくなびこよ、大国主命様と兄弟となり力をあわせて、地上の国を作り固めなさい。

by 6014D | 2012-02-21 17:46 | コメント(0) | 未分類


出雲井晶の日本の神話vol,39憧れの神、大国主神 2012/02/19
大国主神とは田畑になる台地=国土の主の神なのです。まさに焼き畑農業のころの国土神の話と考えれば、太古の人々は豊かに楽しい想像をめぐらしました。焼け死んだ大地の神が何度も生き返るのは当たり前のことだったのでしょうね。秋になり草も枯れ、作物の取入れが終わります。冬が来ると台地はまるで死んだように見えます。春から夏、野山も田畑も緑に萌えて国土には、生命力がみなぎりあふれます。死んでいた大地が生き返るのです。このとき古代人は、素朴に国土神が生き返ったと喜んだのです。田畑でできる作物と台地=国土とは、作物の根っこでつながり結ばれています。作物がしっかり国土にねずき豊かに実ることで国も豊かになっていきます。大国主様はそのために働かれたのです。大国主様は強い生命力と、優しい思いやりの心を持っていました。それに加えて、さまざまないじめにもあい、きたえられて真の勇気も持ちました。須佐之男神からもらった生太刀生弓矢で、よこしまな考えで大国主様をいじめたものたちをがけっぷちや河岸に追い詰め降参させました。何千も矛を持つ強い戦の神でもありますから、八十矛神<やちほこのかみ>の名もあります。須勢理姫を背負って逃げる大国主様に<お前はうつし国玉神となり、、、>と須佐之男神が教えておられます。黄泉の国のはなしですから、うつしとは現<うつし>世<よ>で<現世の国魂神になりなさい>ということです。国土の上に生い茂るすべての植物神であり、正義に強いやちほこのかみが大国主であり、うつし国玉神とは実にふさわしい名前ですね。その名を地球の守り神である、須佐之男命神から授かったことに深い意味があります。五つ目の葦原色許男神<あしはらしこおのかみ>とは葦つ国<日本>の醜男<しこお>=醜い男という説もありますが、大国主様は多くの女神たちと美しい歌を取り交わした文化の神であり、女神たちのあこがれの神でもあったと考えるほうが楽しいのではないかしら。

by 6014D | 2012-02-19 10:02 | コメント(0) | 未分類



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