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狐(だき尼天) 2012/07/30
密教で説く、自在の神通力を持つ女性夜叉のだきにてんは、人の死肉をあさる鬼神であり、その眷属はジャッカル(野狐)である。平安時代から明治にかけて神道の稲荷神社の祭神である稲荷の神と仏教のだきにてんは同一視されていた。狐に憑かれるとみだらになる。狐火は田舎の田地によく出没する。狐火は狐が食べた骨や血の中の燐が燃えている。人魂は人間の霊魂である。人間の霊魂は供養されず成仏できないと成仏できないとさまよう。だきにてんは人間の生命が糧である。だきにてんは悟りを得る(成仏する)ために禅定修行する僧侶をじゃまする奪精鬼。そして普賢菩薩の化身。僧侶は禅定修行中に魔境(魔物の住む世界)を垣間見ることがある。魔境とは遊郭など男性を誘惑する魔窟であり、遊女は妖狐にたとえられる。魔境とは瞑想する修行者の無意識から沸き起こる、みだらな願望や欲望への誘惑。だきにてんはコング心理学では男性の中に抑圧された女性的要素であるアニマの一形態である。仏教僧は成仏(悟りを聞く)の邪魔になるため、結婚、性交、恋愛は一切禁止されている。天狗やだきにてんなどの天魔や夜叉は、魔境の住人魔縁である。狐は主に人間の女性に化身して、性的な誘惑を試みる。男性は陽性、女性は陰性、狸は陽性の獣、狐は陰性の獣なので、狸は男性に化けやすく、狐は女性に化けやすいという。女性に化けた狐は人間の男性と性交してその精を奪う。陰獣の狐は陽性の精を得てより強力な魔力を得る。だきにてんはshakuty(生命を誕生させる女性原理の原動力)の化身。男性修行者は瞑想で呼び起こしたshakutyの力によって、悟りを開く力を得る。白米は精力の象徴。稲荷神は稲の守護神。遊郭に通う破壊僧は、だきにてんを信仰する真言立川流の修行者である。仏教修行者の邪魔をする最強の悪魔は魔羅(マーラ)である。マーラは梵語の死の意味。悟り開いた修行者は、煩悩の働きを克服して離脱している。このように狐はさまざまな宗教宗派の解釈によって神や魔の眷属とされ、おたがい象徴的に補完しあう形になって、妖怪じみた魔力を持つ存在と考えられるようになったのだ。

by 6014D | 2012-07-30 17:16 | コメント(0) | 未分類


エブリと鎮魂 2012/07/30

苗代にまいた稲籾が稲苗に成長するころ、本田では田に水を張り代掻きをして田植えに備える。そして田植えの直前には田の表面を平らにならす作業がおこなわれる。このときつかわれるのがエブリと呼ばれる農具である。エブリは鍬に似て、名がさ1メートルほどの柄に幅広の板を打ち付けた。もので、これで田を掻きならしながら均等にならし苗を植えやすくする。エブリは<和名抄>に<江布利>とあり、少なくとも平安時代中期以前は<エブリ>と清音で発音されたことがわかる。エブリの動詞形エブルには<動揺させる。ゆすぶる。揺り動かす。>(日本方言大辞典)という意味があり、農具のエブリもこの語と関係があって<総合日本民俗語しゅう>はエブリの元の意味を<田の泥を揺り動かすこと>だとしている。田の泥には精霊が宿っているから、エブリで田をかき鳴らすのは、田の精霊を揺り動かして活性化させるという意味があったらしい。古い時代の刈敷は苗代田の精霊を覚醒させ、活性化させる目的で行われたが、本田で行われるエブリを使った代掻きにも同じような意味があったのである。エブリは田をゆすって冬の間休眠状態にあった田の精霊を目覚めさせ、そして田に鎮めるための道具であり、エブリで田をかき鳴らしながら田の精霊をゆりうごかし覚醒させ、そして田に鎮める、鎮魂のための呪具でもあったのである。

by 6014D | 2012-07-30 16:43 | コメント(0) | 未分類


柴刈りは神聖な行為 2012/07/30
柴や薪は燃料であると同時に心霊の依り代でもあることから、柴を刈り、薪を伐ること自体が神聖な行為とみなされた。山人は宮廷の祭礼に招かれて庭火の役を務めたが、庭火の燃料である薪も古くは山人が山ほうとして持参したものであり、柴を刈ったりまきを伐るのも元来はそうした神事の一環として行われたのだろう。山人が刈り出す柴や薪は神事と深いかかわりがあって、柴を刈り、薪を伐ることが神聖な行為として特別に選ばれた人間の仕事とされたのもそのためである。竜宮童子の昔話に登場する柴刈りの爺も同様である。爺は刈り取った柴を水界に投じ、その返礼に水界に招待され、福の神とも言うべき小さ子や竈神を土産にもらってくる。爺は神の意向にかなった選ばれた人間であり、そのため神から福徳や幸運を授かることになる。爺には神霊の意思を聴く潜在能力があって、柴を欲する神に対して爺がそれに応じる形でこの種の昔話は成立しているのだ。

by 6014D | 2012-07-30 16:34 | コメント(0) | 未分類


君が代は古代王朝の挽歌 2012/07/26
博多湾上、海の中道で、九州本島に連なる志賀島、そこは西暦58年、中国後漢の光武帝より倭王に下された<漢倭奴国王>の金印が出土したことで有名だ。その島にある古社、志賀海神社では毎年春秋の二回、山誉祭(やまほめさい)が行われる・その祭りでは海のかなたよりやってくる<阿曇の君>(あずみのきみ)の船を向かえ、また海のかなたへ送るという儀式が行われる。そしてその際に歌われる歌が<君が代は千代に八千代に細石の巌となりてこけの蒸すまで>すなわち国家<君が代>である。現日本政府の公式見解では君は天皇、代は治世を意味し、したがってこの歌がささげられる君は治世の主。すなわち王でなければならない。さてこの歌は九州では祝い事のための歌として親しまれており、明治期に維新の元勲となった薩摩人によって国家としての認知を得ていったものと思われる。そしてその歌詞を連想させる地名や神社が福岡県北部に並んでいることだ。たとえば福岡市に隣接する前原市には細石(さざれいし)じんじゃがあり、ちかくに<いわお>につうじる<いわら遺跡>があり、さらにその西方にある桜谷神社(若宮)のご祭神は<こけむすめのかみ>が祭られている。

by 6014D | 2012-07-26 17:42 | コメント(0) | 未分類


霊ライン 2012/07/26
古代遺跡、史跡、神社仏閣、信仰の対象となっている巨石や山岳、特定の地名上で結ぶと長距離にわたる直線や幾何学図形が現れる。こうした現象は<霊ライン>と呼ばれる。その語源は<光の道>とも日本での命名<霊ライン>が海外でも定着したものとも言われる。霊ラインの提唱者として有名なのは、イギリスのアマチュア考古学者アルフレッドワトキンスだ。ワトキンスは1921年ごろ、イングランドの丘、境界、祭祀遺跡、城などが直線状に並ぶ傾向があることにもとずき、その研究を著書<the old straight track>にまとめて1925年に発表した。霊ラインは大地のエネルギーのとおり道であり、古代人はそのエネルギーの流れを読んでいたのだという。日本でも1970年ころからオカルト研究家の間で日本の霊ラインを探す試みが行われている。またそれとは別に1950年ごろから、一部の神道家が地図上である法則に沿って直線を描き、その上の地名を拾っていけば隠された歴史が明らかになると主張し始めている。神道霊学では、この直線を串呂(くしろ)という。楢崎コウ月、宇野多美恵らも山頂を結ぶ線の交点には生命力を高める場所があり、神社はそのような場所にあると主張していた。楢崎らはそのようなばしょを<いやしろち>と呼んだ。また楢崎らはいやしろちに関する知識を、超古代のカタカムナ文明人が残した科学書から学んだと主張した。その後、福岡県糸島郡の平原(ひらばる)遺跡と周辺の山を結ぶ線が冬至線、夏至線、春分秋分線(太陽のとうり道)と対応していたり、大和河内の古墳群が直線状に配置されていること、さまざまな遺跡神社仏閣などが直線状配置に着目した著書がいろいろ発表されているが一部の古代史マニアの関心を集めるだけにとどまっている。

by 6014D | 2012-07-26 17:12 | コメント(0) | 未分類



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