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家政婦のミタの先祖は古代ペルシャ人だったvol,2 2012/10/28
ところが、タラミタ(太良未太)もモンケコシ(文買古子)も、その音はまったく中世ペルシャ語によるという。タラは宮や倉庫などの大建築、ミタは有能とか巧みな人の意という。次のモンケは本来鑿(のみ)、ユシは定規(じょうぎ)のことで、それらを自由に操る建築士の意だという。要は太良未太や文買古子は人名でなく、職能を現し、建築の指導に当たった”巧みな大工”とか”建築師”の意になるという。ろ盤(ばん)博士の<白昧淳(ハクマイジュン)>、瓦博士の<麻奈文奴(マナモンス))、<陽貴文(ヨウキモン)、陵貴文(リョウキブン)><昔麻帝弥(シャクマタイミ)>、画工<白加(ハクカ)>も同様にそれぞれの職能、器物の意であり、それを作る職能、技術の指導者の意だという。(伊藤義教<ペルシャ文化渡来考>岩波書店・1980年)つまり初の仏教的造詣文化財として出現には朝鮮文化はもとよりペルシャ文化も含めた多様な国際的文化要因が採用されていたのである。飛鳥文化について開かれたこのような視点は、600年から派遣され始めた遣隋使の内発的要因やこの後七世紀中庸にしゅうちゅうしあすかをとくちょう付ける”なぞの石造物”を見たり考えたりする際の手がかりにもなる。マタ7世紀夏~8世紀に建立された法隆寺の回廊の柱の丸いふくらみ(エンタシス)にペルシャ文化の影響が早くから指摘されてきたことについても同様である。つまり、ペルシャ工人やその一党のうちには帰国したもののほかに飛鳥に定住したものもあったことが当然想定できる。飛鳥の文化は、最初からこうした国際性を持った文化として出発していたのである。<純と愛>に出てくる相手の目を見ると心の中がわかってしまう少年、家政婦のミタさん、不器用だけど人をいいように、いい方向に操る特殊な能力を持っている。この古代ペルシャ語から出てきたミタという言葉は有能とか巧みな人を指す言葉だという。ひらめきだけで書いてしまったが、空ミタことかと人から言われないようもっとじっくり調べてから書こう。あの光明皇后が作らせたという、阿修羅像は、もともと青い目で金髪のペルシャ人、<リ、ミツイ>との仏師との間に生まれた若くして死んだ光明皇后の男の子の供養のためにつくらせたという話を思い出すたびに、日猷同祖論(日本人とペルシャ人は祖先が同じ)が、マタ自分の心の中で復活してきた。

by 6014D | 2012-10-28 09:32 | コメント(0) | 未分類


免疫とガン 2012/10/28
健康を考えると頭寒足熱が理想的ですが、交感神経が強い人は頭熱足寒になり、体が冷えてしまう。食欲不振や便秘といった症状も現れます。しかし副交感神経が優位に立ちすぎる楽な生活を続けていると、またトラブルが発生します。全身の新陳代謝が低下し、体がだるく、無気力になる。血圧が低いままなので、静脈や毛細血管に血流が滞り、うっ血によりひえが発生することもあります。免疫の観点から見て、前者を<顆粒球体質>、後者を<リンパ球体質>と呼ぶ。<顆粒球体質>の人はせっかちで行動的。集中力があって、頭に血が上りやすいタイプです。日常的に交感神経の緊張が強いので血中に顆粒球が増加します。顆粒球は活性酸素を放出して体の組織を広く破壊しますし、副交感神経が抑えられるのでリンパ球が減ります。リンパ球にはガンを攻撃する働きがあるため、これが不足するとガンを発症しやすくなります。一方、副交感神経優位の<リンパ球体質>は比較的穏やかでのんびりした性格の人が多いです。しかし時には免疫が過剰になり、ダニや花粉などの異物に異常なほど反応し、アレルギー症状が現れるのです。

by 6014D | 2012-10-28 09:17 | コメント(0) | 未分類


家政婦のミタの先祖は古代ペルシャ人だったvol,1 2012/10/24
今NHKの朝ドラの<純と愛>が面白い。<家政婦のミタ>の原作者の作品だという。実はこのミタさんの先祖は古代ペルシャ人だったのではないかという話が1300年前の古代の日本国にさかのぼる。飛鳥寺が建立された経緯は、<日本書紀>(成立年不詳)、<元興寺伽藍縁起ならびに流記資財帳>(747)などで早くから知られていた。しかしその記述については、発掘調査の成果によって、新しい理解も生じてきた。文字資料もある時代に入ると、歴史の理解には歴史学と考古学とはまさに車の両車である。飛鳥寺が着工されたのは、588年(祟駿天皇元)であった。仏教はすでに国、地域や民族を超えた世界宗教となっていた。わが国初の仏教寺院、飛鳥寺の建造を指導するために、百済から、仏舎利とれい照律師と令威(りょうい)、恵衆(えしゅう)、恵宿(えしゅく)、道厳(どうごん)、令開(りょうかい)らの僧侶が来た。彼らとともに寺工太良未太(タラミタ)をはじめろばん博士,瓦博士両士などの技術指導者も着たが、これらは長らく百済の工(たくみ)(人)と理解されてきた。事実、初めて焼かれ始めた建造当初の瓦は、文様からしてまったく百済がわらと同じである。当時、寺工の太良未太、文買古子(もんけし)なども百済工人と理解されてきた。

by 6014D | 2012-10-24 17:49 | コメント(0) | 未分類


自律神経の乱れが万病を招く 2012/10/24
免疫力を左右するのが自律神経の存在だ。交感神経、副交感神経の働きを知り、自分の体調を再確認しよう。自律神経は生物が多細胞化していく過程で最初に生まれた神経ネットワークである。脳から始まる自律神経網は全身にくまなく張り巡らされ、全細胞をコントロールし、協力して働くように指示を出す。つまり体を一定の状態に保つ司令塔の役割を果たしているのだ。寝ているときでも心臓は脈打ち、呼吸が止まらないのは自律神経が機能しているからである。自律神経は交感神経と副交感神経によって構成され、一定のリズムを持ってどちらかが優位になり、体調を整えている。一日の単位で見ると、日中は交感神経が働き、アドレナリンを分泌。心臓の鼓動を早め、血管を収縮させて血圧を上げる。そして心身共にはつらつと活動をするための状態を作っていく。一方副交感神経は体をリラックスさせる作用を持ち食事中や夜中に優位となるアセルチルコリンが分泌され、心臓の鼓動が遅くなり、血管が拡張して、血圧が下がる。すると血流がよくなって手足の先までぽかぽかと温まり分泌、排泄能力も高まってくる。<毎日仕事に追われ、睡眠不足でリラックスする時間が少ない人は、交感神経が優位で、アドレナリンが過剰に分泌されています。すると血管が収縮して血流が悪化して、老廃物がたまりやすくなります。

by 6014D | 2012-10-24 17:18 | コメント(0) | 未分類


天平6年(734)4月の難波の大地震 2012/10/24
天平時代,人災や自然災害の恐怖を一身に背負っていたのは聖武天皇でした。当時、人災や天災などの災いの責任はすべて君主にあると考えられていました。護国の経典として大切にされていた<金光明経)にはそのことがずばりとかれていました。善を行う王は諸天(諸の神々)に守られる。しかし王が正しい政治を行わなければ、諸天の怒りを招く。人災や天災が起こり、厄病や飢饉が起こり、戦いが起こりやがて国が滅びる、と。つまりあらゆる災いは王に徳がないときに起こるので、国王は非常な決意を持って政治をしなければならないというのです。聖武天皇の身辺には、幼い皇太子の死、重臣、長屋王の無念の自殺など不幸が続きました。さらに日本各地で毎年のように飢饉や旱魃が報告されました。天平6年(734)4月難波(今の大阪)に大地震が起こりました。最近の研究によって、この地震の規模は阪神、淡路大震災に匹敵するマグニチュード7以上の直下型であったことがわかりました。聖武天皇は一ヶ月前に行幸したばかり。自分が訪ねて間もない地が大地震に襲われたのです。底知れない恐怖を覚えられたのではないでしょうか。聖武天皇は言いました。このごろ頻発する天変地異は私の政治が悪いからである。<責めは予(われ)一人にあり>正倉院には、聖武天皇が書写された巻物<雑集>が伝えられています。(第50回正倉院展出)。聖武天皇31歳(731年)の筆跡です。21メートルに及ぶ長い巻物で、文字の数は約2万字。最後までよどみなく整然と書かれています。よほどの集中力で書写されたのでしょう。内容は、中国の六朝隋、唐時代に書かれた詩文を抜粋したもので、特に浄土に関するものが多く、最後は<息外縁>(外なる縁をやめん)の三言で移し終えられています。山上憶良の<貧困問答集>がうたわれたのが、ちょうどこのころでした。苛酷な税の取立てで、食べるものがない、農民の貧窮の苦しさを問答の形で歌っています。これが天平当時の庶民の姿だったのでしょう。すべては私の責任。いったいどうしたら、、、。苦悩する聖武天皇の孤高の姿が、<雑集>のゆるぎない字から浮かびます。天皇は、この<雑集>をなくなるまで手元においていました。

by 6014D | 2012-10-24 16:46 | コメント(0) | 未分類



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