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オトギリソウはどこに咲いている? 2014/09/27
ダイセンオトギリ(三ノ峰、北岳)、トモエソウ(和泉村米俵、前坂谷、鮭ヶ洞、油坂峠,上打波、南六呂師、平泉寺町池ケ原、若須岳、三方町、丹生郡志津ヶ丘、鯖江市立待、夜叉が池、黒河]、オトギリソウ(和泉村面谷、前坂、油坂峠、三ノ峰、小池,赤島岳、経ヶ岳、温見、大雲谷、能郷白山、銀杏峰、北郷町岩屋、丸岡町丈競山、芦原町波松、金津町山室、吉崎、宮谷、和布,越知山、鮎川、足羽山、池田町冠山、部子山、夜叉が池、笹ヶ池、名田庄村、佐野、武生国高]、オクヤマオトキリ(三ノ峰、池田町冠山、部子山)、イワオトギリ(三ノ峰、北岳、赤兎山、経ヶ岳,杓子岳、能郷白山、荒島岳、二ノ峰、中岳~経ヶ岳、取立山、大日山、大長山、部子山、冠山、石徹白大日山、銚子ヶ峰)、シナノオギリ(ミヤマオトギリ)(三ノ峰、二ノ峰、赤兎山、北岳)、キンシバイ(丸岡町豊原、上野、足羽山),タコアシオトギリ(三ノ峰、経ヶ岳、当ヶ岳]、コゴメバオトギリ(和泉村大谷,上若生子、仙翁谷、北谷町小原林道、金津町畝市野乃,石徹白和田山]、サワオトギリ(和泉村久沢、入谷国有林、前坂、仏峠、平家岳、赤兎山,六呂師、倉又山、経ヶ岳、嵐、刈込池、三ノ峰、小原峠、法恩寺山、鉢伏山、取立山、金津町牛ノ谷、織田町平等、部子山、安養寺、池ノ上、小野、夜叉が池、岩籠国有林、池ノ河内、明王ノ禿、名田庄村一つ谷、佐野、鹿野、森田]、イワテオトギリ(和泉村入谷国有林、刈り込め池、赤兎山、池が原、上舌、鉢伏山、北谷小原峠、部子山、夜叉が池、岩籠国有林]、ヒメオトギリ(敦賀、長谷、美浜、丹生、三方町気山、丹生郡城崎]、コケオトギリ(南六呂師、金津町山室,笹岡、細呂木、柿島、味真野、今庄、湯尾、敦賀黒河、樫曲、浦底、美浜町屏風ヶ滝、三方町気山、切迫、中山、丹生郡常磐)ミズオトギリ(和泉村前坂、南六呂師、北谷町木根橋谷、金津町柿島、吉崎、三国町池上、夜叉が池、池ノ河内、美浜町紗弥が原、石徹白和田山、下穴馬、敦賀東郷]、尖閣オトギリ(尖閣諸島の魚釣島]高さ30センチ、花は4センチもの花。このほか世界中で約50属1000種が分布する比較的大きな科である。

by 6014D | 2014-09-27 09:27 | コメント(0) | 未分類


エヌマ、エリシュ 2014/09/23
古代のメソポタミアには<エヌマ、エリシュ>と呼ばれる宇宙創造の神話が伝えられていた。バビロニアの英雄神マルデュクが天の神々の命を受けて水の神ティアマトを打ち取り、天と地を想像した由来を物語る壮大な神話である。水の神のティアマトというのは、女神でありながら、凶暴な怪獣、洪水を象徴する龍とみられていた。その龍が二つに切り開かれて半分は空に張り巡らされて天となり、残りの半分は大地となったというのである。この宇宙創造の神話の構想はイスラエルのユダヤ人によっても受け入れられ、旧約聖書の素材として採用された、と考えられている。旧約聖書の<創世記>によれば、神が天と地を想像したときに、<地は形なく、むなしく、闇が淵の表にあり、神の例が水の表を覆っていた>。原初には闇に覆われた深い水の淵が存在し、そこで、神は、マルデュックが水の神である龍を二分して天地を形成したように<水と水とを分けて>天と地を創造した。しかも<淵>を表すヘブライ語のデホームはアッカド語で書かれた<エヌマエリッシュ>のティアマトとルールは同じであることが明らかにされている。そうであれば<淵>から天地を作ったという<創世記>は<エヌマエリッシュ>と同様に、龍からの創造を語る神話であったともいえるのである。旧約聖書の<創世記>に始まる聖書の正典は、新約聖書の<ヨハネの黙示録>によって結ばれる。そしてこの、終末の時の救済を語る<黙示録>には、10角、7頭の<赤い龍>が登場。キリストとキリスト教会に立ち向かう。<赤い龍>もまた大天使みかえるとのたたかいにやぶれて、そこなしのちかにとじこめられ、千年たって解き放たれたのちにも、ふたたび火と硫黄の沼になげこまれる。天地の創造と世界の終末とに際して退治される龍。なぜ奇怪な空想の怪獣が宇宙論に結び付けられたのか。このような疑問からいったい龍とは何なのか。キリスト教では人間にとって邪悪な悪魔であり、日本の仏教では、それを祭らないと祟られて、取り込まないと怖い存在だったのである。だからかっての中国の皇帝も、日本の神社仏閣にも龍は象徴としてイメージ化され続けてきた。

by 6014D | 2014-09-23 16:17 | コメント(0) | 未分類


先祖 2014/09/23
1,000年の歴史といえば、人間大体40世代に相当する。私たちはだれでも、親が二人、祖父母が四人、曽祖父母が8人いる。一世代さかのぼるごとに、先祖の数は二倍になる。この規則で計算すると40世代の先祖の数は二の40乗、すなわち約1兆人である。それは地球上で、これまで生きてきた人間の総数をはるかに超えている。したがってこの計算には、どこか不都合なところがあるということになる。その不都合な点は、よく家系図で示されるように、人の先祖は過去にさかのぼればさかのぼるほど永遠に広がってゆくものだという思い込みになる。しかし、実際には、系図を過去にさかのぼるとある一点で家系は交差するようになり、交差が交差を重ねるようになる。遺伝子は、そして王家の血も、この惑星の上で拡散し続けるから、私たちはみな遠いいとこ同士になる。私やみんなの血管の中にも王家の血が流れている。事実でもそれを証明する書類がないだけである。家系図についてさらに考えてゆくと、なお一層奇妙な結論に導かれる。すなわちそれは、どこまでも拡張し続けるものでないだけではなく、それはある一点を境にしゅうけんし始めるのである。

by 6014D | 2014-09-23 16:06 | コメント(0) | 未分類


九頭竜川 2014/09/23
奈良の吉野の山々には九頭一尾の龍が棲息していた。吉野の金峰山は役行者によって開かれたが、そのあとは大蛇がいたために荒廃していた。醍醐寺の開祖である理源大師聖宝がその大蛇を封じ込めて金峰山を再興したという伝承が鎌倉末期には成立している。修験道の聖地となっているほかの山岳においてもあちらこちらに龍穴があった。修験道の聖地である大和の葛城山にはいくつもの龍穴が開いていた。山城の笠置山、熊野の三山にも九頭龍が棲んでいた。大蛇の身体が山。一度いまだかってない、経験したことのない大雨が降ると、山から流れる川は九頭龍となる。棲んでいるのである。頭は池に入れ、尾っぽは滝に浸かっているという。那智山しかり、神龍の伏した地である。封じ込めるために神社の拝殿が建てられている。ユーミンが言っていたが四国48か所の神社は底に潜んでいる荒ぶる神々を封じ込める結界になっているという。福井の九頭竜川もおそらくいまだかってない、経験したことのない大雨が上流の和泉村あたりで降ると、下流は氾濫し、尾っぽは一本で、九つの頭で荒ぶる川に変化し、反乱し、民はおそれ苦しみ、そこに神の存在を見たに違いない。

by 6014D | 2014-09-23 15:42 | コメント(0) | 未分類


人間のがん細胞的生き方が自然災害を呼び寄せる。 2014/09/13
この宇宙の中で自分たちは、小さく弱く愚かな存在にすぎない。これからの人類にはそうした謙虚な気持ちが欠かせないものとなってきます。なぜならそうした発想を抜きにして、人類の生存すら危うくなりかけている現代で人間が生き続けることは不可能だからです。ご存知のように、このところ世界各地で、異常気象が原因とみられる自然災害が続発しています。アメリカ南東部に次々に襲来する超大型ハリケーン。海面上昇による南太平洋の島々の水没機器、いまだ勝って経験したことの内容な豪雨、洪水、山崩れ、津波、地震、数え上げたらきりがありません。そして、こうした災害は、人類による環境破壊、汚染によってもたらされたものである可能性が否定できません。言い換えれば、人類のがん細胞的エゴイズムが自然災害を引き起こせたといっても過言ではないでしょう。がん細胞というものは周囲から養分を奪い取り、秩序を身視して自己増殖を図りますが、やがてその生命体を破壊して自分も滅びます。これはまるで地球と人類の生態系を無視して自然環境を散々蝕んだ挙句、地球という生命体を殺して、自分自身も滅びかけています。これまでのように、無限の欲望とエゴイズムを追及するような生き方を続けていたら、間違いなく人類は滅びてしまいます。それを防ぐために今人類には大きな方向転換が迫られています。従来のがん細胞的経済活動を脱却し、地球環境の中で謙虚に活動をする、いわば生態系への転換が求められているのです。

by 6014D | 2014-09-13 16:59 | コメント(0) | 未分類



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