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三島由紀夫、瑤子夫人とUFOを目撃 4、 2014/12/26
UFOを目撃してから一年後、三島は新しい長編小説を発表した。昭和37年1月から11月まで<新潮>に連載された<新しい星>である。この小説は、空飛ぶ円盤を目撃して、自分たちが別々の天体から飛来した宇宙人であると確信した大杉一家の物語であった。埼玉県飯能市の資産家、大杉重一郎とその家族は水爆による滅亡を目前にした人類救済のための活動を展開する。一方仙台の羽黒たち三人は、地球を滅亡させるために宇宙から派遣された存在と自己のことを確信している。対立する大杉一家と羽黒組は激論を戦わせて、重一郎は倒れる。不治の病と知った重一郎は、宇宙からのメッセージを聴く。指示どうりに生田の丘陵に向かった大杉一家の前には空飛ぶ円盤が待っていた。円丘の業林に身を隠しやや斜めに着陸している銀灰色の円盤が息づくように、緑色に、また鮮やかな緋色に、かわるがわるその下あたりの光の色を変えているのが眺められた。(三島由紀夫<美しい星>)松村剛の<三島由紀夫の世界>には次のような一文がある。-美しい星=を書いていたころの三島は、半ば宇宙人になりかかっていた。

by 6014D | 2014-12-26 17:43 | コメント(0) | 未分類


三島由紀夫、瑤子夫人とUFOを目撃 3、 2014/12/26
五時二十五分になった。もう降りようとした時、北のほうの大樹の陰から一抹の黒い雲が現れた。するとその雲がみるみる西方へ棚引いた。<おやおや異変が現れたわ。円盤が出るかも知れなくってよ>妻が腰を落ち着けてしまったので、私もその棚引く黒雲を凝視した。雲はどんどん西方へ向かって非常な速さで伸び行く。西方の池上本問寺の五重塔のあたりまで伸びた時、西北方の一点を指して、妻が、<あら、変なものが>といった。見ると西北の黒雲の帯の上に一点白いものが現れていた。それは薬のカプセルによく似た形で左肩が少し持ち上がっていた。そしてあらわれるのが早いか、同じ姿勢のまま西へ向かって動き出した。黒雲の背景の上だからよく見える。私は円盤にも葉巻型というのがあるのを知っていたから、それだなっと思った。(三島由紀夫<社会料理三島亭>)

by 6014D | 2014-12-26 17:30 | コメント(0) | 未分類


三島由紀夫、瑤子夫人とUFOを目撃 2、 2014/12/26
これからいよいよ夏、空飛ぶ円盤のシーズンです。去年の夏は、熱海ホテルへ双眼鏡も持って行って、毎夜毎夜、いはゆるUFOが着陸しないものかと、心待ちにのぞいていましたが、ついに目撃の機会を得ませんでした。昭和35年5月、北村小松から電話で<23日の朝5時ごろ、東京西北方に円盤が現れるかもしれない>という情報が入った。三島は深夜に原稿を執筆しているので、午前五時といえば寝に就く時間である。四時半になると待ちかねて仕事も手につかないでいた三島は妻の洋子を起こし、寝ぼけ眼の彼女を促して屋上へ上った。三島は双眼鏡を肩にかけ、瑤子はカメラを構えていた。いくら待っても、空には何の異変も現れなかった。五時を過ぎると、畑の間には、早くも犬を連れている人の姿が見え、道を新聞配達が大股にかけすぎる姿が小さく見える。そろそろ三島もばかばかしくなり眠くなって屋上を降りたくなってきた。

by 6014D | 2014-12-26 17:27 | コメント(0) | 未分類


三島由紀夫、瑤子夫人とUFOを目撃 1、 2014/12/26
昭和30年にUFO研究団体<日本空飛ぶ円盤研究会>が発足した。会長は荒井欣一で顧問に北村小松、徳川夢声、糸川英夫などが就任し、特別会員に荒正人、新田次郎、畑中武雄などが名を連ねた。翌年荒井の自宅に一本の電話がかかってきた。<もしもし、えんばんけんきゅうかいですか。にゅうかいしたいのですが、、、>あらいがにゅうかいもしこみしょをおそうふするむねをつげて、名前を尋ねると<三島由紀夫です>と答えたという。間もなく送付された入会申込書には<文士三島由紀夫>と鮮やかに署名されていた。後に研究会の会員数は五百人を超えるが、三島の会員番号は<12>で初期からの会員であった。ほかには森田たま、石原慎太郎、黛敏郎、星新一、黒沼健などの文化人が入会した。三島は昭和31年7月の円盤観測会に参加して、双眼鏡を熱心に覗き込み、東京の空に円盤を探した。三島はコックリや降霊術等のオカルト、超常現象にも関心を寄せた。UFO研究もこの一環であるとともに、幾ばくかの救世主願望があったのかもしれない。

by 6014D | 2014-12-26 17:08 | コメント(0) | 未分類


称徳天皇と道鏡 2、 2014/12/26
その時、百済から来ていた小手尼という人物が診察して、自分の小さな手で陰部に取り残された署預を取り除こうとした。その瞬間、藤原百川(ももかわ)が、<こいつは狐の化け物だ>と言って、小手尼を切り殺した。治療ができずに天皇は崩じた。かくて道鏡は後ろ盾をなくして失脚し、関東の下野(しもつけ)の国に流されたという。この<古事談>の語るエピソードは、とても真実のものとは思われないが、不思議なリアリティがある。道鏡の巨根伝説は有名で、江戸時代の川柳にも格好の題材を提供した。道鏡が出るまで牛蒡洗ふやう という句は<男根>の大きさや太さをテーマとしている。

by 6014D | 2014-12-26 16:53 | コメント(0) | 未分類



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