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方丈記4、 2015/11/22
未来永劫にわたって不変のものなどはなく、万物は常に流転する。よいほうにも悪いほうにも変わる。本書の<方丈記>と<平家物語>を執筆してくれた大津雄一氏は<おごれるものは久しからず>が<平家物語>の哲理なら、<おごらずとも久しからず>が<方丈記>の哲理であると書いた。おごろうが、おごるまいが、人間の営みの一切は<久しからず>。久しいのは自然だけであり、一切は流れ続ける<ゆく川の流れ>である。<流れ>だけがこの世の実態であり、人も住まいも、消えてはでき、できては消える<水泡(うたかた)>なのだと、<方丈記>は言う。

by 6014D | 2015-11-22 14:31 | コメント(0) | 未分類


方丈記3、 2015/11/22
その日本の歴史は新たに、東日本大震災をその一頁に書き加えた。わたくしたちは、東北の人々が大震災の直後に、秩序を守り、たちまち不足した物資を互いに分け合い、あるいは自ら譲り、始終落ち着いて行動したことをこの目で見た。諸外国はこのような日本人に称賛の声を惜しまなかった。深い喪失感と困難の中で、被災者をしてそうさせたものとはなんだったのか。それは<無常観>ではなかったのか。

by 6014D | 2015-11-22 14:25 | コメント(0) | 未分類


方丈記2、 2015/11/10
鴨長明が生まれた翌年に保元の乱(1156)が、その3年後には平治の乱が起きている。自分の命にも他人の命にもひどく冷淡な<武者>という人種が群がり出て、抗争を繰り広げ、ついには武者により<政権交代>を実現させた。鴨長明は都での平氏の隆盛と、その衰亡までの一部始終を見ていた。五大災厄(安元の大火、治承の辻風、福原の遷都、養和の飢饉、元歴の大地震)もその身で体験した。町名が生きた時代は、我が国の現今の状況とあまりにも重なる。いや、長明以後の時代もまた大規模な災害、政変、戦争、飢饉は繰り返されてきた。だからこそ、<方丈記>は800年の星霜を超えて日本人に読み継がれてきたのではないか。思いもよらぬ<想定外>の災厄に見舞われるたびに、人々はこんなひどいことが、、、>と涙で目をはらし、唇をかんできた。そしてその都度力強く再生を果たしてきた。それが日本の歴史であった。

by 6014D | 2015-11-10 15:16 | コメント(0) | 未分類


超訳<方丈記>を読む1、小林保治(早稲田大学名誉教授) 2015/11/10
2011年3月11日、我が国は東日本大震災に襲われた。その巨大地震と大津波の傷跡は深く、原子力発電所の事故による放射能汚染までが、それに加わって、復興は遅々として進まない。時間だけが空しく過ぎているという印象である。年が明け、迎えた2012年は鴨長明が<方丈記>を書き上げて800年目にあたる。天災地変の精細な描写で知られる<方丈記>にとってのこの節目の年を<未曾有の天才>という国家的な巨大災害の中で迎えたことは、何の暗号であろうかと思われてならない。東日本大震災を境に、我が国は文明の大きな曲がり角に立ったといわれる。あくまで経済成長を追求し続けるのか、経済成長に政治家は国家目標を示せず、人々は将来像を見いだせないでいる。<方丈記>は平氏政権による拙速の福原遷都の下りでこう記す。<古京はすでに荒れて、新都はいまだならず。ありとしある人は皆浮雲の思いをなせり>右肩上がりの経済成長の時代は<すでに荒れて>、新たな将来像は<いまだならず>。人々は<皆浮雲の思日>で茫然と空を仰ぐ。まるで今日、現在のことではないか。

by 6014D | 2015-11-10 15:06 | コメント(0) | 未分類



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