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古語捨遺1、 2015/12/22
<古語捨遺>という本は平安時代の初期に朝廷の神の祭りに専門に奉仕していた斎部広成(いんべのひろなり)という人が平成(へいぜい)天皇の求めに応じて斎部家の歴史や言い伝えを書き記して大同二年(807年)2月13日に天皇に奉った本である。短編であるが、その<以前からあった古事記や日本書紀に書いてない神話や言い伝えを多く含んでいるので、日本の古代を明らかにするためには欠くことのできない価値のある本として昔から知られてきた。

by 6014D | 2015-12-22 16:21 | コメント(0) | 未分類


六波羅蜜(六度万行)のすすめ 2015/12/22
ブッダが教えた本当の幸福への六つの道 1、何が善で、何が悪か、問い詰められると分からなくなるのは一貫した判断基準を持たないから。2、善を実行する人には、必ず幸せの花が咲く。どんな行いが善なのか、六つにまとめた教えが<六波羅蜜>一、布施(親切)正しい教えを説く法施、お金や物を施す財施。二,持戒(言行一致)一度した約束は、必ず守る。三、忍辱(忍耐)怒りの心を耐え忍ぶ。四、精進(努力)根気よく続けていく。五,禅定(反省)落ち着いて自分の言動を反省する。六、智慧(修養)因果の法則を知り、正しく行動する。

by 6014D | 2015-12-22 16:11 | コメント(0) | 未分類


世界の半分しか見えていないby菅原文太の妻、文子 2015/12/17
フランスの悲しみや怒りを世界に届けるメディアは数多くある。彼らの声は大きくよく響く。悲しみの場所に花束が集まり、ローソクのともしびが連なる。その明るさは遠い日本まで届く。ビールやワインを片手に、存分に語り合う自由もそこにはある。しかし、多くの市民たちを殺害し、自らの若い生命もその場に捨てたイスラームの人たちの声を届けるメディアの声は、あまりにも小さい。だから私たちには、世界の半分しか見えていない。半分は明るく、半分は暗い半月を見るようだ。かけた半月の暗闇に生きる人々の声が伝わらない限り、犯人たちの母や妻、兄弟たちや子供たちの悲しみと嘆きは聞こえてこない限り、私たちは明るい半分の月が伝えることのすべてが真実なのかどうか、信じてよいのかを決めることはできない。半月の暗闇では、パリでそうであったように、倍返しの空爆で殺された人々に花束が積まれているのかどうか、ろうそくが惜しみなく燃えているのかどうか、かって私たちの国の暗い戦争の時代に妻や母や子が、夫や息子や父の死を悲しみ嘆くことが許されなかったかのように、半月の片側では今も許されていないのか、有無を言わせず赤紙一枚で戦地に引き立てられていったように、同じように命じられて死んでゆくのか、それらを知ることなしに安全な場所から明るい半月の片側にだけ花束をささげることはできない。そこにも富と自由が、ここと同じようにあるなら捌きのつけようもあるが富も自由も乏しいなら、私たちはそれを悼み、悲しむことしかできない。アジアの辺境の島国から届けるのは爆音ではなく、平和への願いと祈りであり、それを力強いものにするために戦っているものが少しでもいるという希望だけだ。大国の軍需産業の強欲の前に、世界の理性と英知は声もなく色あせる。テロに軍事力で臨むとき、その爆音の大きさに大義は吹き飛び、憎悪と復讐の灰が地にも心にも積もり続ける。

by 6014D | 2015-12-17 15:52 | コメント(0) | 未分類


テクノ歌謡マニアクスbyコイデヒロカズ 2015/12/15
テクノ歌謡とは何か?p-vineレコードから発売された<テクノ歌謡>コレクションのライナーには<テクノ歌謡宣言。として興起されている。<本選集は、1980年代歌謡曲を華やかに彩ったテクノポップ的な楽曲、アイドル、ロック、ニューミュージックは言うに及ばず、お笑いや子供歌謡、演歌まで尾も巻き込みコレクションしたものである。どの曲がそうでないかのかという選挙区にあたって絶対必要条件としたのは次の点である。1、シンセサイザー、ヴぉコーダー,サンプラーなどエレクトロ区剤を駆使したアレンジであること。2、切なくて甘酸っぱい胸キュンなメロディーを持っていること。3、宇宙ロボットなど、近未来を感じさせる要素を含む歌詞であること。80年代的な軽薄さ、言い換えれば、前向きでハッピーなあてぃてゆーどが感じられること。5、楽曲としての完成度が高いこと。以上の観点からテクノ歌謡の数々を厳選した<テクノ歌謡>の特徴を表した言葉として、これ以上のものはない。しかし、1980年代初頭、様々な曲を聴いて、<これはテクノっぽくていい曲だな面白いな>と思うだけでそれをまとめる言葉がわからなかった。言葉がなければ音楽は記憶の中に消える。しかし20年間たって、おぼろげながらこのテクノ歌謡という答えが見つかったのだ。このテクノ歌謡という言葉のもとに様々な同士がいることも知った。そして私は本としてその音楽をまとめることを買って出た。そして調べれば調べるほどこのテクノ歌謡の深さ、すごさがわかってきた。当たり前だ。アイドル、お笑い、ファッション、ゲーム、ニューウエーブ、1980年代初頭という時代をすべてゆだねて、横から串刺しにしていたのがテクノ歌謡だったのだから。さらにテクノ歌謡を語ることは単なるロック史や歌謡史や文化史をたどることではない感じがしてきた。もっと身近な空気のような、不思議な時代認識だ。1980年代生活史だろうか?近い。しかしもっと何かあるような、、、。あの時代の熱中した人々の心の中にあった何者か。まだわからない。耳の中ではぴっぴkpと電子音が鳴り日々いく続けているのだが。テクノ歌謡、それは時代の新たなまなざしであることは間違いない。しかし、私が感じる<もっと何か>を考えるために、この本の幕をかけようと思う。そしてあの時聞いた電子音を、言葉を、もう一度21世紀の現代に解き放ってみたいと思うのである。

by 6014D | 2015-12-15 18:17 | コメント(0) | 未分類


太陽に恋した花マリーゴールド 2015/12/09
マリーゴールドは別名を<太陽の花嫁>という。昔、太陽神に恋をした少女カルタは毎日、恋焦がれて太陽を眺めているうちに、ついに魂が太陽に吸い込まれていった。そして、彼女がいた場所に咲いた花がマリーゴルドだという、。その名の党利、鮮やかなゴールド色をしたマリーゴールドは、まさに太陽がよく似合う気がする。マリーゴールドと呼ばれる園芸種には実際には二種類がある。一つはアフリカン系であり、もう一つがフレンチ系である。マリーゴールドはメキシコ原産で、コロンブスの新大陸発見以降に紹介された植物である。つまりアフリカン系もフレンチ系も由来は同じだからアフリカやヨーロッパが原産というわけではない。しかし、アフリカ北部に帰化した系統が改良されて、アフリカン、マリーゴールドとなり、フランスに導入された系統がフレンチマリーゴールドと呼ばれるようになったのだ。アフリカンマリーゴールドは日本語では千寿菊と呼ばれている。アフリカン系は花が大きく、背が高いのが特徴である。一方フレンチマリーゴールドは日本語では孔雀草と呼ばれる。フレンチ系は花が小さく、背が低く、横に広がって成長するのが特徴である。マリーゴールドは欧米では女性の名前によくつかわれる名前である。つまりマリーゴールドは<マリアの黄金の花>という意味なのである。マリーゴールドは開花期間が長いので、一年に何度もある聖母マリアの祭日にいつも飾られた。そのため、この名がつけられたのである。マリーゴールドには花言葉が多い。ただ中でも黄色いマリーゴールドには<下品な心>というかわいらしい花には似つかわしくない花言葉が与えられている。黄色は、キリストを裏切ったユダが来ていた衣の色である。そのため黄色は忌み嫌われている。しかし、黄色とオレンジ色が混ざって咲いていると、太陽の花嫁らしい明るさである。ところでマリーゴールドには意外な一面がある。実はマリーゴールドには花を楽しむため花壇に植えられるだけではなく、トマトやナス、大根などと一緒に、野菜畑に植えられることもある。実はマリーゴールドは、葉から出る成分が作物に害を与える線虫を防ぐ効果があるとされていて、線虫防除のために植えられているのである。マリーゴールドは独特のにおいもあり、虫も付きにくい。<女は弱しされど母は強し>。聖母マリアの名を持つマリーゴールドはただかわいらしいだけの花ではないのだ。

by 6014D | 2015-12-09 15:12 | コメント(0) | 未分類



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