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エリザベス洋装店のブログ

文字ハンター中西亮が遺したもの

人類が言葉を使うようになったのは、今から10万年ほど前のこととされています。文字の歴史ははるかに新しく、最古の文字が登場したのは、今からほぼ5,000年前のことでした。現在、世界中には数選手の言語があるとされていますが、文字の種類はそれほど多くはありません。しかしながらそれらの文字は、それぞれの使用状況に応じてさまざまに変化をとげながら細かく分かれていきました。その中には少数民族の間でのみつかわれている文字もあれば、既に使われなくなった文字もあります。また、わずかな断片しか残っていないためにいまだに解読されていない文字もあります。これらの文字種をすべて合わせると、人類が使用してきた文字は200種を超えるとされています。中西印刷会社の第6代社長であった中西亮(1928~94)は、言語学や文字学の研究者ではありませんでしたが、印刷業を営む家に生まれたことから世界の文字に興味を抱くようになりました。京都大学では法学部に在籍しましたが、13世紀に滅びた西夏文字の解読者として知られる西田龍雄と同時期に在学したことから文字を通した交流を深めました。中西印刷は、世界中どこにもなかった西夏文字を活字を作って西田の研究を助けました。1985年に社長に就任した中西亮は印刷会社を営む傍ら、世界各地を訪問しては、おびただしい数の文字資料を集めました。中西コレクションには95種に及ぶ文字が含まれており、世界で使われているほぼすべての文字40種が網羅されています。書籍をはじめとする図書資料は1256点生きた文字資料ともいえる新聞については13地域から1171点が集められました。竹筒、ヤシの葉、樹皮、無の、神、黒板など様々な媒体に書かれた手稿の中には紀元前4世紀に書かれたヒエログリス10世紀のものと思われるコーランの手稿など学術的にも貴重なものが含まれています。墓誌の拓本のほか、教典、書,簡、会計文書、地図、版木、護符などを合わせるとこれらの標本資料は296点にも上ります。さらに文字を記すためのペンやナイフなどの特殊な資料も収集されました。これほど多くの文字種を集めた個人コレクションは、世界にも例がありません。現在は民俗学博物館の公式ウエブサイト上で<中西コレクションデータベース>として公開されています。

外来種は本当に悪者か?

原産地を離れて新天地にやってきた外来種をいろいろな言葉で表現すると一番多いのはよそ者(エイリアン)だが、これはあくまで立場を示すもので侮辱的な意味ではない。ほかには放浪者、侵略者、移住者、侵入者、新参者といった表現も用いている。よそ者は人間が意図的に、あるいは偶然持ち込むものもあれば、風や波に乗って運ばれたり、自らの推進機能を利用して土壌、海洋、空中を移動することもある。<導入>という表現は人間が運んだ場合に限定している。一部の生態学者は、外来種が新しい環境でひと悶着起して、領地を確保することを<侵入>と呼んでいる。移動先にすっかりなじむことは<帰化>とも呼ばれる。動植物の名称に関しては学名を好む人がいるし、混乱を避けるために学名のほうが好都合な場合もある。とはいえ頻出するのは煩わしい。しかし、動植物の外来種とはいえ、もしこれが人間だったら、よそ者が入ってくることに排他的になったり、宇宙人が侵入してくると思い込んでた人たちが実は逆にあとからやってきたエイリアンで、この地に住み着き、我が物顔でいるだけにすぎないのかもしれない。急激で破壊的な変化も含めて、変わることは当たり前なのです。歴史を通じて、この世界は環境も生態も流転していきました。生態系が新しくなることは、自然保護への脅威だとされてきましたが、それが現実であり、そしてチャンスでもあるのです。なじんでいた環境が変わっていくと、旧来の生態系は微調整を重ねていかないとうまく機能しない。でも新しい生態系では、外来種と在来種がくっつくようにして存在し、それぞれのやり方で適応していく。これからの時代はそうした生態系が主流になるのかもしれません。そこには災難や災害は降りかかるでしょうが、そこには変遷と偶発性とダイナミズムがあり、それこそが、本当の自然の特徴かもしれません。

武烈天皇

歴代天皇の中で、武烈天皇ほど悪様に書かれている天皇はあるまい。<日本書紀>は<しきりにもろもろのあしきことをつくりたまう。一もよきことをおさめたまわず。>と記している。あるとき妊婦の腹を裂いて、その胎児を見た。また人の生爪を剥いで山芋を掘らせた。また人の頭の髪を抜いて木の高いところに上らせて、その木を切り倒して、上った人が落ちて死ぬのを見て楽しんだ。また人を木の上に上らせ、弓で射落として笑った。極めつけは、女たちを裸にして平板の上に座らせ、その前で馬を交尾させる。そして女たちの陰部を調べて潤っているものを殺し、そうでないものを官婢として召し上げて楽しんだ。そして自らは暖衣にくるまり、農民が寒さに震えることを忘れ、美食にこって天下の飢えを忘れた。日や酒におぼれてみだらな戯れにふけったという。それならなぜこれほどまでに、書くことをはばかられるほどの悪行を<日本書紀>はかくしもせずに書き立てるのだろうか。それは皇位継承ということにかかわっている。武烈天皇には皇位継承者がなく、応神天皇朝は武烈天皇で断絶した。それで応神天皇五世の孫と伝えられるおおど王を継体天皇として擁立するのであるが、それには継体天皇に始まる皇統の正当性を強調しなければならない。そのためには武烈天皇をことさら悪行の天皇であるとする必要があったのであろう。もっとも火のないところに煙は立たないというから、それなりの乱暴な行為はあったのではあろうが。

鈴木大拙 1、

鈴木大拙は1870年(明治3年)金沢に生まれ、1966年(昭和41年)北鎌倉で亡くなった。本名は鈴木貞太郎、大拙は禅修行の師であった。釈宗演からもらった居士(こじ)号である。居士号というのは、僧籍を持たないで参禅修行をする人に師が仏弟子として与える名である。彼は、以降、筆名を鈴木大拙でとうしたので日本では鈴木大拙の名が一般化しており、海外ではD,T、suzukiで知られる。彼が生きた時代は、明治、大正、昭和と、日本が欧米の先進国に並ぶ強国を目指し、日清、日露、日中、太平洋戦争と絶えず戦争を続けた時代であり、敗戦で灰燼に帰した日本が、改めて経済大国になりつつあった時代である。日本が急速に近代国家となっていった時期で、電気も水道もない社会から超工業化社会になっていった社会の激動期であった。それは日本が初めて全く異なる文明に出会い、文化の相違に目覚め、欧米に全力で対峙した、そういう時代であり、社会であった。現在、鈴木大拙の名前は日本よりも、諸外国において、D、T,Suzukiとして知られるようになっている。鈴木大拙は自らの宗教体験を基礎に日本仏教の禅と浄土思想の究明を通して、その真髄を<日本的霊性>として、日本のみならず世界に発信し続けた人である。どのようにしてこのような人が形成されたのか、彼が結婚した41歳くらいまでの、それは彼の前半生といってよいものだが、生活環境を素描してみよう。人は様々な資質を持って生まれ、それぞれの環境の中で、その都度学習をくりかえしながら、どくじな人間になっていく。その人の個性、独自性というものは、青年時代までにほぼ出来上がる。その人間が社会や世界にどのように向き合うか、その基本的な構え、姿勢、、態度、立場というもの、それは人間観、世界観、価値観といってもよい。思想といってもよいのであるが、それは青年時代までに作られるといってよい。その意味で幼児期の家庭環境、小青年期の学校、学友環境は極めて重要な影響力を持つ。と同時にその背後には、その人が育った時代の社会状況があって、その影響を受けずに成長することはありえないから、その時代がいかなる時代であったかも大きな要素になる。すなわち、ある人の人格、生き方、思想というのは、その人の資質や学習努力とともに、その人を取り巻く人間環境と時代社会状況、それらを掛け合わせたもので、その人独自のものが作られていく。

パーキンソン病はなぜ起こるのか

パーキンソン病は、脳の神経伝達物質であるドーパミンが減ることに用っておこる病気です。ドーパミンは脳の中の黒質という組織で作られます。黒質は脳幹という部分の左右に一つずつあるとても小さな組織で、神経線維によって線条体という部分につながっています。線条体は私たちが体を動かす時にどの筋肉をどのように動かすか指令を出す場所です。この線条体から神経伝達物質であるドーパミンが放出されて、運動の信号が体の各部位に伝えられるのです。ドーパミンは体を動かそうとする物質ですが、体を動かす時は同時に体の動きを抑えようとする物質のアセチルコリンも分泌され、この二つのバランスが取れていることで、私たちの体はスムーズに動きます。パーキンソン病になると黒質の神経細胞が壊れて、体を動かそうとするドーパミンの量が減ります。そのため体の動きを抑えようとするアセチルコリンとのバランスが取れなくなってしまい、様々な動きが極端に少なくなったり衰えたり、震えのような余計な動きが出てきたりするのです。では、なぜ黒質の神経細胞は減ってしまうのでしょうか?原因の一つは加齢です。だれでも年齢が進むと脳の神経細胞が減っていきます。ドーパミンを作る黒質も例外ではありません。実際、ドーパミンは幼い時ほどたくさん分泌され、年齢を重なるごとにその量は減っていきます。だから<120歳になれば、だれでもパーキンソン病になる>といわれるわけです。加齢以外に、何が黒質の神経細胞を壊すのか、まだ完全には解明されていません。たとえば、体の細胞の中にあるミトコンドリアの機能が落ちて活性酸素が過剰になって壊すのではないか、飲酒やたばこが影響するのではないか、など様々な説が挙げられています。いずれにせよ、パーキンソン病になるということは、脳の老化が始まって黒質の神経細胞が壊れ、ドーパミンの量が減っているということです。黒質の神経細胞が壊れて、放出されるドーパミンの量が正常値の20%以下になると、パーキンソン病の症状がで始まるといわれています。