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エリザベス洋装店のブログ

体を調節しコントロールするホルモン

ホルモンという物質が体を調節しているといわれても、なかなかぴんと来ない。どうしても肉のホルモンを思い出してしまう。人間の生活リズムを作る松果体から出る生活リズムを作るメラトニンという物質がホルモンである。そして、松果体を内分泌器官と呼ぶ。メラトニンに代表されるようにホルモンは体のある器官に作用し、その動きを促したり、抑えたりして調整する役目を持っている。生殖器のところでミュラー管の成長を抑える因子とアンドロゲンを紹介したが、このホルモンが生殖器の男性化を促進する。少量の物質で作用するので、器官そのものは大きくない。胃や心臓などのように目立たないから、どうしても忘れがちになる。しかし、このホルモンが作用しなければ、男性は男性になれないし、女性は女性になれない。貴重な物質なのだ。ここでは簡単に内分泌系を解説しよう。ホルモンを分泌する器官は、体の幾つもの箇所にある。分泌する細胞を内分泌細胞といい、その細胞が属する器官を内分泌腺という。一方、このホルモンの作用を受ける臓器を標的器官という。

仙境異聞 by 平田篤胤 7.

寅吉がほぼ毎日のように連れられて行った山は、初めは南台丈であった。それからいつの間にか老人は寅吉を同じ常陸の国にある岩間山に連れて行き、そして現在の師匠につかせた。寅吉は、まずは百日の断食を課せられ、それが終わると、師弟の誓状を書かせられた。これを機に、寅吉は<卜筮の実を教えてください>と頼んだ。それが寅吉のかねてからの念願であった。<卜筮を教えることは簡単だ。しかし易卜には好まらしからぬところがある。だからまずは卜筮以外の、その他のことを学びなさい>支障はそう言って、寅吉に武術一般の修行の仕方や書き方などを教えた。また神道のかかわるもろもろの事柄を、例えば祈祷呪禁の仕方や、符字の記し方、幣に切り方、医薬の製造法、武器の作り方など、そしてまた易卜以外の様々な種類の仏教諸宗派の秘事や経文ほか、ありとあらゆることを教えてくれた。この間いつも変わることなく、あの老人が寅吉を送り迎えしていたが、誰一人気づいた物はいなかった。無論、寅吉も父や母や、まして他人には、今まで一度も話さなかったし、また師匠から学んだいろんな事柄を漏らすこともなかった。それにまた寅吉の家は貧しかったから毎日遊びに出かけても世話がかからず結構なことだとだれも何も聞かなかった。とらきちがときにとうかはつか、五十日そして百日余りも山にこもって家に帰っても、不思議なことに両親をはじめ家の者たちは寅吉がそれほど長く家にいなかったとも思わずに、過ごしていたようであった。こうして寅吉が家と大和を行き来していたのは、七歳の夏から十一歳の利の十月まで、足掛け五年のことであった。その間に、寅吉は、時に師匠の友をして、また時には同門の兄弟子たちにも連れられて、諸国各地をあれこれと見聞しても歩いたという。

仙境異聞 by 平田篤胤 6.

またいつのことだったか、七軒町のあたりを、花の高い赤いお面をかぶり、袴をつけて太刀を刺した男が、<ワイワイ大王じゃ、ワイワイ大王じゃ>と唱えながら歩いていたことがあった。ワイワイ大王は、赤い紙に<大王>というに文字を刷った子札をまき散らし、周りに子供を集めては、囃し立てていた。<大王様は囃すがお好き、囃せや子供。わいわい囃せ。大王様は喧嘩が嫌い、けんかをするな、仲よく遊べ、囃しながら進むわいわい大王の行列が、寅吉には面白かった。寅吉も大勢の子供たちに交じって、一緒に囃しながらついていき、家から遠く離れてしまったことにも気が付かなかった。今思えば、本郷の先の妙技坂あたりまで行ったようであった。もうそのあたりは暗く、日も暮れていた。ほかの子供たちはみな帰って行った。寅吉のほかに誰もいなくなると、札を巻いていたワイワイ大王は、道の傍らに立ち止り、面をとった。見てみると寅吉をいつも連れて行く老人、その人であった。<今日も家まで送って行ってあげよう>老人はそう言って寅吉の手を取った。二人で連れたって家路についたが、茅場町榊原殿の表門の前あたりで、父親が寅吉を探しに出てきていたことが分かった。<お前の父が探しにやってきた。わしとのことは、決してしゃべってはならんぞ>老人はそっと寅吉に念を押し、寅吉の父親に行き会うと話しかけた。<探しているのはこの子ではないのかね。遠くで迷子になっていたから連れて来たんだが>父親は寅吉を引き取り、とても喜んで、老人に名前と住まいを訪ねた。老人はどこそこの何某だと、適当な名を告げて去っていった。翌日父親はその住まいを訪ねて、礼をしようとした。しかしもとより出まかせの住所であってみれば当然のこと、そこにそんな人はいなかったと、むなしく帰ってきた。

眼が三つあった時の名残、松果体

哺乳類も鳥類も多くの脊椎動物も、ほとんどが左右に一つずつの眼である。三つ眼というのは、妖怪くらいしか思い浮かばない人が多いのではないだろうか。しかし、もともと私たちのご先祖は三つ眼だった。その証拠は松果体。松果体は脳の中央にあり、形が松かさに似ているので、松果体と名付けられた。松果体はメラトニンというホルモンを分泌し、睡眠を促す。そして昼はセロトニンを分泌し、人間の生活リズムを作っている。体内時計というわけだ。その松果体こそ三つ目の眼だった。人間がまだ受精4週間目のころ、神経管に三つの突起ができる。この突起はすべて光を感じる器官なのだが、左右の二つはそのまま眼になるが、中央にできた突起は眼にはならず、松果体になる。大きな脳にさえぎられて、眼にまで発達しないのだ。しかし、現在でもイグアナやニュージーランドにいるムカシトカゲなどには、この眼が残る。頭のてっぺんにあるので頭頂眼と呼ばれる。古生代、まだ恐竜が出現する前、両生類だったわれらの先祖は、水中からじっと上を見上げていただろう。襲ってくる敵や食料を求めて。人間の三つ眼は眼としての機能はなくしたが、それでも光を感じる器官の痕跡として残っている。

仙境異聞 by  平田篤胤 5.

しかし寅吉はまだ幼かった。夜になると、寅吉は無性に両親が恋しくて、泣き出してしまった。老人は手を変え品を変え、あれこれと、慰めたが、寅吉はただ声を上げて、泣きじゃくるばかりであった。慰めかねた老人は寅吉に向かっていった。<そんなに家が恋しいならやむを得んな。家に送り返してあげよう。だが決して今日起きたことをしゃべってはいかんぞ。無論、家の人にも内緒にして、毎日、五條天神の前においで。わしが送り迎えして、卜筮を習わせてあげるから。老人はこう言い含めると、寅吉を背負い、目を閉じさせて大空に舞い上がった。風が耳にあたって、ざわざわとなったかと思うと、もう寅吉の家の前に来ていた。<いいな、わしと会ったことは決してしゃべるなよ。もし一言でもしゃべったら、お前の身に災いが降りかかってしまうぞ。わかったな>家の前で、老人は寅吉に今一度念を押すと、消えるようにいなくなってしまった。寅吉は老人のこの戒めを固く守り、後々まで、父にも母にも老人のことは何も話さなかった。さて翌日の昼過ぎ、約束道理、寅吉が五條天神の前に行くと、あの老人が来ていた。老人は寅吉を背負って、山に連れて行った。しかし老人は卜筮のことは何も教えず、ただ寅吉を、さらにあちらこちら周辺の山々に連れて行った。そして寅吉にいろいろなものを見憶えさせ、花を折り、鳥を獲り、渓流では魚釣りなどをして、寅吉を楽しく遊ばせた。そして夕暮れ時になると、老人は同じように寅吉を背負って、家に送り返した。寅吉はこの老人との山遊びが面白くって毎日欠かさず約束の場所へと出かけた。いつも下谷広小路の井口という薬屋の男の子と遊びに行くようなふりをして、寅吉は家を出掛け、老人と一緒に過ごす日が長く続いた。