SHOP BLOGアソビねっブログ

エリザベス洋装店のブログ

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール13.

孫が学校へ通うようになっても夏子は束縛を緩めることはない。一年生の間公威は体調を崩して自宅療養をすることが多く、祖母は以前にもまして孫の健康に目を光らせていた。抵抗力を増進し、身体の成長を促す必要があるにもかかわらず、食事は淡白な白身の魚に限られ、学校の給食も取らせない。体操の時間も休ませる。公威にとって何が本当に良いのか考えていたのは、家族の中で倭文重(しずえ)だけであったが、どうすればいいのかわからないまま長男にそそぐことのできない愛情を弟妹に向けるしかなかった。女奇術師の松旭斎天勝(しょうきょくさいてんかつ)に夢中になっていた公威は、ある日、母の部屋に忍び込むと箪笥から着物の中で最も派手なものを引き出して身にまとい、手じかにあった紅おしろいで化粧する。子供ならだれもがする他愛ないアソビである。しかしその姿で母のもとへ行き、<天勝よ、僕、天勝よ>と得意げに叫んで、駆け回った時、母は困惑してすっと目を伏せた。わが子の中に名づけようのない何かを感じ取ったのだ。糞尿汲み取り人と天勝に続いて公威が自分を同化したのはクレオパトラだった。公威は親しい医者にせがんで活動写真に連れてってもらう。熱い化粧で威風堂々たる衣装を着たエジプトの女王、その残酷さに魅了された少年は、家に帰ると大人の目を盗んでは弟妹を相手にクレオパトラの扮装に憂き身をつやす。けれども何にもまして少年に欲望と羞恥が渾然一体となった強烈な印象を与えてくれるのは、やはりむごたらしい死を運命づけられた王子たちの物語であった。

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール12.

公威は外部の世界をどん欲に観察するが、自分がその世界から排除されていることを意識していた。病弱なために家族から大事に庇護され、外の世界との接触は制限されていたのだ。公威はまだ5歳にもならないのに生死の境をさまよう。誕生日の直前激しい発作を起こすと、コーヒーのようなものをはいて昏睡状態に陥り、医者が呼ばれる。医者は自家中毒と診断し、回復の見込みは薄いと両親に告げる。倭文重(しずえ)は茫然としたまま、棺(ひつぎ)に入れるための玩具や着物を用意する。夏子は自室に閉じこもっていた。やがて医学博士である倭文重(しずえ)の兄が、意識のないこの小さな肉体から排尿があったことを認める。脈は正常に戻り、一命は取り留めた。公威は一週間で回復したが、その後しばらく、月に一回はぶり返し、入院しなければならなかった。病気が完全に収まるのは、小学校に通うようになってからだ。公威が通うことになるその学校は、普通の小学校ではない。祖母の貴族趣味にかなった教育機関、学習院である。昭和6年【1931年】、公威は学習院初等科に入学する。明治10年【1877年】に設立された学習院は、当初は皇族と華族のための学校だったが、裕仁天皇もかってここで学んだ。徐々にそれ以外の良家の子弟にも門戸が開かれていき、公威が入学するころには生徒の3分の一は平民だった。華族の子はほぼ無試験で入学できたが、平民の公威は入学考査を受けなければならない。既に字が読め、詩めいたものを書くことまでできた公威は苦も無く合格した。成績さえ良ければ、一目置かれるというのであれば、公威にとっては学校は救い足りえたであろう。だが厳格な規律に支配されたこの小集団は望んでいた逃げ場所ではなかった。家庭と同じように、他者というこの新たな地獄もまた、公威をそっと一人にしておいてはくれないのだ。身分の違いがあらゆる人間関係を覆っており、公威は自分の家庭背景の貧弱さをいやおうなく思い知らされる。一般家庭の生徒であっても、自分よりも宏壮な邸宅に暮らしていた華族の子弟は尊大さが制服を着て歩いているようなもので、教師のことさえ下に見ている。生徒名簿でも華族生徒の名前は丸で囲んであり、特別扱いを受けていた。公威は社会階層が下だっただけでなく、自分の身を守る力すら持ち合わせていない。腺病質でなよなよしている公威は級友たちからすれば格好のなぶりものだった。少年たちの冷酷な残虐さ、悪への渇望、これらが主題になって、のちに幾つかの短編が書かれることになる。

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール11.

少年は、理由のわからない一抹の疾しさを感じながら、殺される王子たちの姿を思い描く。腹を切り裂かれ、流れる血潮に浸って横たわる王子たちは、引きこもった自分とは比べようもないほど美しかった。あるとき絵本をめくっていると、一枚の絵を前にして雷に打たれたような衝撃を受ける。白馬にまたがって剣をかざし、苦難へ飛び込んでいこうとしている若い騎士。少年はこの美しい騎士が殺される場面を想像して恍惚となる。それからというもの、人目を避けてその本を開いては、まるで禁断の秘密が描かれた絵を盗み見るかのようなうしろめたさを覚えながら、抗(あらが)いがたく自分を魅了するあの絵が現れるまで、胸を解き任せてページをめくるのだった。しかしある日、何気なくそのページを開いた看護婦から、描かれている金髪の美しい騎士は実は男ではなく、ジャンヌダルクという名の女だと教えられ、少年は打ちのめされる。それは、人生における最初の<現実からの復讐>に他ならなかった。もはや宿命的な残酷な死に甘美な空想をめぐらすことはできない。少年はもう2度とその本を開くことはないだろう。

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール10.

<仮面の告白>で三島は、自分を長い間思い悩ませてきた最初の記憶に言及している。近所を散歩している途中、5歳の三島は、若い糞尿汲み取り人が坂を下りて自分の方へやってくるのに出くわす。若者の血色の好い頬、地下足袋、ぴったりとした紺の股引、そして汚穢屋(おわいや)という職業、少年は激しい衝撃を受け、何が起きたのかわからないまま未知の欲望に貫かれる。自分から抜け出して汚穢屋になりたいという憧れが少年に浮かんだのであった。他者に自分を転嫁するこの情動は、やがて花電車の運転手や地下鉄の切符切りを対象としても繰り返されることになる。三島にとっては、自分とか関係のない世界、拒まれているがゆえに一層激しく突きつけられる世界で暮らす人々の生活は暗く悲劇的なものに結びついているのだった。そこから私が永遠に拒まれているという悲哀が、いつも彼ら及び彼らの生活の上に転嫁され夢見られて、かろうじて私は私自身の悲哀を通してそこに与(あずか)ろうとしているものらしかった。(<仮面の告白>)さらにもう一つの記憶は、練兵帰りの兵士たちが門前を通るのをまじかに見たときのものである。兵士たちの汗のにおいに少年は陶酔するが、それは性的な興奮の為ではなく、汗のにおいとともに、兵士たちの遠い異国での危険な、おそらくは死と隣り合わせの冒険がまざまざと浮かんできたためであった。年不相応に鋭敏な感受性を持つ少年は、現実に抗して作り上げた心地よい空想の世界に一人立てこもる一方で、現実への敵意と幻想への渇望を募らせていく。本で読んだおとぎ話は精妙な黒い錬金術によって不吉で病的な夢想へと変貌し、きらめく夢のような世界の代わりに巧緻な犯罪と洗練された懲罰からなる世界を少年は空想する。ともすると私の心が、死と夜と血潮へと向かってゆくのを妨げることはできなかった。(<仮面の告白>)

三島由紀夫のねじれた生い立ちbyジェニフェールルシェール9.

公威は自分がどれほど自然に反した育てられ方をしているのか知らないまま大きくなっていく。常軌を逸した祖母の束縛を何の感情も面(おもて)に出さずに受け入れ、倭文重(しずえ)が買い与えた玩具を危険だ、あるいは騒々しいという理由で、夏子が没収しても涙ひとつこぼすことも、訴えるようなまなざしを母親に向けることもなかった。学校の遠足に参加するのを禁じられた時も、一人おとなしく座って積み木で遊んでいた。幼くして悟りきったかのように、公威はじっと運命に身をゆだねていた。それでも公威は、まるでストックホルム症候群(犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くことをいう】に陥っているかのように、祖母のことも母と同じくらい愛していた。しかし夏子の嫉妬の激しさは公威がほんのわずかでも倭文重(しずえ)への愛情を示すと、それを裏切りとみなすほどで祖母の許しを得ずに母親に頼るようなことがあると癇癪を起して二人に当たり散らすのだった。祖母の神経性の発作を未然に防いで誰も傷つくことがないように、公威は祖母にも自分の心の内を押し隠していた。父親と一緒にいても、その能面のような無表情を崩すことはない。ある昼下がり、うまく息子を散歩に連れ出すことに成功した梓は、母の<女子教育>でこの子がすっかり腑抜けになってしまう前に男らしく鍛えてやろうと、一つ間違えれば大事になりかねない暴挙に出る。轟音を挙げて通り過ぎる機関車へ向けて、抱き上げた公威を線路際から差し出したのだ。しかも子供は鼻先すれすれを機関車が掠めても微動だにしない。怖がりも喜びもせず、全くの不反応だ。梓は自分の息子が魂のないでくの坊か何かのように思えたという。けれどもその子供の内側では、過激なまでの感受性がすでに猛威を振るい始めていたのだ。